対峙
「……そうなんですか。いや……残念だなぁ」
私はあくまで冷静を保った調子でそう言った。白髪の女は生気のない瞳で私を見ている。
こういう目……こういう目の人間は大抵危険な存在だ。なぜなら、私自身が鏡を見ると、あんな目をしているからである。
それにしても、この女の目は異常だ。まるで深い闇のように、どこまで暗い。見ているだけで不快な気分になる。
しかし、その危険性が、益々私の女に対する興味を湧き起こさせた。
「フフッ。旅行の方ですか?」
「ああ、まぁ……昔はここに住んでいたんですが、随分久しぶりに帰ってきまして……この町も変わってしまったようだ」
「いえ、変わっていませんよ。この町は」
私の言葉に抑揚のない調子でそういう女……目の前の女が、普通の人間ではないということは、私にも段々と理解できてきた。
「しかし、残念だ。参拝できないとは……大人しくホテルに戻るとするかな」
「……待って下さい」
私がそう言うと、女はそう言う。
「もし、よかったら、私の家に来ませんか?」
「え……アナタの……家?」
予想外の申し出だった。家……この女近くに住んでいるのか?
それにしたって……ここら辺は私のほとんど誰も住んでいなかったはず……益々女が危険な存在である疑いは強まった。
「あはは……ありがたい申し出なんですが、一度ホテルに戻らなければいけなくて……それでもよろしいですか?」
「ええ。この町の入り口でお待ちしていますよ」
「入口というと……駅ですか?」
「違います。アナタなら感じたでしょう? この町……いえ、この町への入り口を」
女は不気味な笑みを浮かべる……私は理解した。
この女は……私がどういう人間なのか、理解している。理解した上で、自らの家……住処に私を誘っているのだ。
そして、その誘いに乗ることは私にとって、非常に危険なこと……それでも私はその誘惑に抗うことは出来ない。
そんなことは、私自身にも理解できていた。
「……わかりました。では、一度ホテルに戻ってから、また来ます」
「ええ、お待ちしています」
女は笑顔でそう言うと、石段の方に向かって歩いて行く。
短いが、綺麗な白い髪が揺れている……それを見ていると、どうしようもない殺人衝動が湧いてくる。
今すぐにでもあの女の首を締めて殺したい。そして、あの白い髪を触ってみたい……そんな思いをなんとか抑えながら、私は女の後ろ姿を見送った。
女が完全にいなくなってから、私は大きくため息をつく。
「ふぅ……早まっては台無しだ。何事にも準備は必要だからな」
私はなんとか落ち着きを取り戻し、今一度あの白髪の女を殺す決意を胸に抱きながら、石段の方に向かっていく。
ふと、神社の方に今一度振り返る。
「それにしても……嫌な感覚だな」
神社の残骸を見ながら、私は一人、誰に語りかけるでもなく、そう言ったのであった。