錯乱
「……終わり、ですか?」
僕は恐る恐る訊いてみた。白神さんは、小さく頷いた。
「ああ。カガミ様の話は終わりだ」
「そ、そうですか。それじゃ――」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
不意に、隣にいた黒田さんが大声をあげた。僕は瞬時に横を向く。
「く、黒田さん!?」
「カガミ様が……カガミ様が私の顔を取りに来る! い、嫌……私の顔……」
そういって、顔を両手で抑えながら完全に錯乱している黒田さん。
僕は思わず白神さんの方へ振り返った。
「……え?」
しかし、既に白神さんはそこにはいなかった。
「いやぁぁ……私の顔……カガミ様が……」
「く、黒田さん! 落ち着いて!」
そう言っても黒田さんは完全に取り乱してしまっているようである。しきりに「カガミ様」と繰り返しながら、顔を両手で抑えている。
「……これは、どうすれば……」
「黒須さん!」
と、不意に石段の方から声が聞こえてきた。僕はそちらへ顔を向ける。
「あ……黒田さんの……」
やってきたのは、黒田さんのおじいさんだった。この前と同じように、甚兵衛姿で、こちらに走ってくる。
「……琥珀。お前」
「いやぁぁぁ! カガミ様……」
お爺さんが来ても、黒田さんは相変わらずだった。
お爺さんは悲しそうな目で黒田さんを見ている。
「……カガミ様か」
「お爺さん……知っているんですか?」
僕がそう訊ねると、お爺さんは小さく頷く。
「……はい。こうなるとは思っていましたが……とにかく、琥珀を紅沢神社に連れて帰りましょう」
そういって、お爺さんは座り込んだままの黒田さんの肩を抱き、なんとか立ち上がらせる。
その間も、黒田さんは両手で顔を抑えたままである。僕は、その時になって、ようやく今現在、とんでもないことが起きているということが、理解できたのだった。