八十神の終焉
いきなり頬を叩かれた黒田さんは、驚いた顔で蛍さんを見ていた。
蛍さんは鋭い視線で、黒田さんを見ている。
「……アンタは、この町の巫女でしょ? それなのに黒須君と死のうとした……それがどういうことかわかってるわけ?」
「そ……それは……」
「はっきり言ってやるわよ。アンタはね、確信犯だったのよ。白神に屈すればどうなるか、わかっていた……それなのに、アンタは白神の力を制御するどころか、それを増長させていた……そうなのよね?」
黒田さんは蛍さんにそう言われても何も言わない……確信犯。
「つまり……黒田さんがその気になれば……白神さんは……八十神語りは途中でやめることもできたってこと?」
僕がそう言うと蛍さんは小さく首を横に振る。
「……そういうわけじゃないわ。でも……アタシはね、気持ちの問題を言っているの。黒田琥珀には……この町の巫女として、白神の力に抗ってほしかった」
「……勝手なこと言わないで下さい」
と、蛍さんがそう言うと、黒田さんは押し殺すような声でそう言った。
「……何? 文句あるの?」
「あります……アナタは……勝手にこの町にやってきた……それまで私がどんな目に会ってきたかも知らない……それなのに、アナタにそんなことを言う権利、あるんですか!?」
黒田さんは泣きながら蛍さんにそう言う。僕も何も言えなかった。ただ、蛍さんだけがジッと黒田さんのことを見ている。
「……どういう気持ち、ね」
小さくそう呟いてから蛍さんは黒田さんを見る。
「……誰も自分の立場をわかってくれない。なぜなら、自分が背負っているものは、誰にも理解されないから……なんて可哀想な私……そういう気持ちってこと?」
蛍さんがそう言うと黒田さんは怒り気味に蛍さんを睨みつけることで、それに答える。
「……わかるわよ。アタシはね」
「……え?」
蛍さんがそう言うと、黒田さんは目を丸くする。
「……あのねぇ。アタシだってそこまで酷い人間じゃないわよ。どうしてアンタがそうしたかくらい、わかっているわ。だって、仕方なかったから。もし、自分の背負っているものを放り投げることができて、かつ、自分を受け入れてくれる人を、自分のものにできたら……そう考えるもの」
そういって、蛍さんは優しく僕に微笑む。僕はただ、呆然とその笑顔を見ることしかできなかった。
「そ、それじゃあ……私は……」
「うん。だから、アタシはアンタのこと、責めているわけじゃない。ただ、反省してほしいだけ。だって、この町の巫女は、アンタでしょ。それを守るのはアンタなの……ね?」
蛍さんがそう言うと、今まで何かでギリギリ保ってきた黒田さんの感情が一気に崩壊したようだった。
「う……うわぁ……ひっく……ぐすっ……」
黒田さんは蛍さんに抱きついて思いっきり泣き始めた。その光景を見て僕はようやく理解した。
八十神語りは……少なくとも僕が知っている形で成功しなかった。
僕や黒田さん、そして蛍さんは……助かったのだ、と。