シラカミ様の顕現
ついに、終わった。
シラカミ様の話……これで、僕は八十神語りのすべての話を聞いたことになる。
話が終わった途端、黒田さんの気配はどこにもなかった。
それこそ,まるでこつ然と姿を消してしまったかのように、である。
僕は、背後を振り向けなかった。恐ろしすぎる。
もし、そこに黒田さんがいたら……いや、しかし、今日は黒田さんを助けにきたのだ。そんな恐怖に負けていてはいけない。
僕は今一度、月明かりに照らされた皿に盛られた塩を見てみる。
黒い……つまり、まだ終わっていないのだ。
「賢吾」
と、黒田さんの声が聞こえてきた。それはどこからか……背後ではなかった。
「これで、全て終わりました。八十神語りが……これからどうなるか……知っていますよね?」
僕は何も答えない……知っている。八十神語りを終えた男女は、互いに死んでいる……しかも、女の方が男に、まるで蛇のように絡みつくようにして、抱き合ったまま死んでいるのである。
「ふふっ……ちょっと、興奮しますよ。だって、これから、賢吾と一緒に……死ねるんですもの」
「……黒田さん!」
僕は部屋の中全体に響き渡るような大きな声でそう言った。黒田さんの返事は……ない。
「僕は……黒田さんを助けに来たんだ! もう……こんなことは終わりにしよう! 黒田さんはもう……八十神語りに縛られる必要なんてないんだ!」
僕はありったけの声でそう叫ぶ。本心だ……僕は、戻ってほしかった。
それこそ……不格好ではあるが……僕におにぎりを作ってくれた黒田さんに。
「だから……帰ろう! 一緒に」
「……ふっ……ふふっ……アハハハハ!」
黒田さんの狂気じみた笑い声が聞こえてきた。僕は思わず戸惑ってしまう。
「え……な、なんで笑って……」
「ああ、すいません……でも、賢吾。私ね……もう、帰る所ないじゃないですか。お爺ちゃんも、お母さんも……私は、もう一人ぼっちなんです」
「そ、そんなこと……」
「それに……」
「え……それに……?」
その時、僕は奇妙なことに、唐突に気付いた。
黒田さんの声……なぜか、僕の頭上から聞こえてくるのだ。それこそ、天井から。
先程までは背後だったのに……そもそも、黒田さんの身長は僕と同じくらいだったはずなので、違和感がある。
僕は声が聞こえる方向を探して、部屋を見渡す。すると、天井の隅に見つけた。
こちらを見る、二つの光る目……
「あ」
僕は思わず声を漏らしてしまった。そして、それから、漸く理解する。
二つの目は……黒田さんのものだった。そして、天井付近に確かに黒田さんの顔、そして、巫女服を来た胴体がある……
しかし、その下半身がおかしいのである。人間の足ではない。
それこそ、白い蛇のような……長い長い胴体が伸びているのだ。
「それに……私、もう人間じゃないですから」
黒田さんの言葉の通りだった。まさしく、「シラカミ様の話」の通り。
上半身が人間で、下半身は蛇……蛇の下半身が長すぎるため、頭が天井にまで届いていたのである。
「だから……今ここで……一緒に死んで?」