守護
「な……なんで……」
意味がわからなかった。なぜ、急にこんな……僕は混乱しながらも目の前の白神さんを見る。
「フフッ……困惑しているね。さぁ、言ってご覧。君は、誰なんだ?」
「え……ぼ、僕は……」
「わからないなら教えてあげよう。君は私にとっては……アダムなんだよ」
恍惚とした表情で、白神さんはそう言う。
アダム……聞き覚えのある名前だ。靄がかかったような頭の中で僕は懸命に記憶を手繰り寄せる。
「アダム……ち、違う……僕は……」
「ああ、アダム……長かった。君を待っている間に、こんなにも時間が過ぎてしまったよ……」
僕のことはお構いなしに、白神さんはそう言う。
「だ、だから、僕は……」
「君には理解できないだろうね……私がどれだけ絶望していたか……しかし、それも今日で終わりだ。君は……今日、八十神語りを完遂するのだからね」
「白神さん……アナタは……」
僕がそう言うと、白神さんはニッコリと微笑む。
「さぁ、君が君である証を出してくれ」
そう言われると、僕の手は勝手に懐へと動く。そして、懐からは……小さな十字架が出てきた。
「フフッ。それだよ。それこそ、君がアダムである証だ」
白神さんは嬉しそうにそう言う。そう言われると……僕は段々と、自分がそのアダムであるような気がしてきてしまった。
「さぁ、こちらへ来てくれ。さっそく、最後の八十神語り……『シラカミ様』の話をするから」
「シラカミ……様」
僕の足は勝手に白神さんの方にそのまま動いていく。
不味いと思っていても止められなかった。
「さぁ……こっちだ」
白神さんは嬉しそうだった。僕はふと、十字架を見る。
十字架……これは、証……僕がアダムであるという。
でも……違う。もう一つ、僕が何者であるかの証が……
「あ」
僕は……足を止めることができた。怪訝そうな顔で白神さんが僕を見ている。
僕はそのまま、懐から何かを取り出す……それは、お守りだった。
「これは……蛍さんの……」
僕は自然とその名前を言っていた。
その瞬間、耳元で「チッ」という舌打ちが聞こえる。
「賢吾君!」
と、僕は名前を呼ばれて我に返った。
「え……あ……」
気がつくと目の前には……蛍さんがいる。心配そうな顔で僕を見ていた。
「はぁ……やれやれ。またやりやがったわけね、アイツ……」
忌々しそうな顔で蛍さんはそう言う。
「え……あ、あれ……蛍さん、そのさっきまで……」
僕は今一度周囲を見回す。そこは、確かに白神神社の境内だ。
しかし……白神さんはどこにもいなかった。
「……まぁ、こんなことをしてくると思ったから……お守り、役に立ったでしょ?」
そう言われて僕は思い出す。懐からお守りを取り出そうとする。
「あ」
しかし……お守りは二つに避けてしまっていた。同じく、十字架も……割れてしまっている。
「まったく……どうやら、アイツ、抜け駆けしようとしたみたいね」
「え……抜け駆け?」
「そう。白神は黒田琥珀を出し抜いて、賢吾君を取り込もうとした……まぁ、私のせいで失敗したけど」
「出し抜いて……でも、黒田さんは?」
すると、蛍さんは顔を別の方向に向ける。
「……正直、白神よりも黒田琥珀の方が……私的には、厄介な気がするのよね」
そういって、蛍さんは白神神社の本殿を見る。
本殿は、まるで人を招いているように……その扉が開いていたのだった。
「小手調べは終わり……ここからが、ガチの勝負になるから……覚悟してね」
僕は未だに現実感を取り戻せていなかったが……本殿から発せられる邪悪な気配だけは理解できたのだった。