虚構と現実の境界
「なっ……何を言い出すんですか……そんな……」
僕は笑ってしまった。まやかし……あり得ない。僕は確かに今の今までここに一人できたわけではない。
確実に、みんなの助けを得てここに来たのだ。
「ああ、そうだ。君は現実だと思っていたかもしれないが、君の周りにいたのはすべてまやかしだ」
「そ、それじゃあ……白神さんだって……」
「私は違う。私は君に八十神語りをする立場のモノだ。現実の存在……しかし、八十神語りの間に君が知り合ったと思っている存在は全て虚構だというわけだ」
白神さんは淡々とそう語る。僕は段々と恐ろしくなってきてしまった。
なぜって……そのことがまるで本当のことのように思えてきてしまったからだ。
僕は、本当に今までのことを体験してきたのか? 今までのことは、全部虚構だったのではないか?
「フフッ……そろそろ、私の言うことを信じてくれるようになったかな?」
そういって、白神さんは立ち上がった。僕は思わず後ずさりする。
「う……嘘だ……そんなの……」
「嘘? 嘘ではない。君だって分かっているはずだ。この世界の真実なんてものは、言葉一つで塗り変わるほど、簡単なんだ。それこそ、神が嘘といえば、嘘になる。実際、君はもうわからないのだろう?」
「え……な、何が?」
すると、白神さんは僕に顔を近づけてニンマリと微笑んだ。
「覚えてないだろう? 君を助けてくれた人達、君に助力をしてきた人間たちを」
「え……あ、あぁ……」
僕は絶望した。わからない……思い出せない。
先程まで一緒にいたのは、誰だったのか? 石段の下で別れたのは、誰だったのか?
あり得ないことなのに、僕は完全にそれが誰かわからなくなっていた。
「あ、アナタのせいですね……!」
必死にそう言ってみるが、白神さんは動じる様子もなかった。
「ああ、そうだ。私にとってはそんなことはどうでもいい……それこそ、君自身が、本当は誰かということだって、どうでもいいんだ」
そういって、白神さんは僕の額を人差し指で軽く突く。
その瞬間、何か大事なものが破裂してしまったかのようだった。
「あ……あぁ……」
大事な物……あれ? それって、なんだっけ?
そもそも、僕は……一体ここに何をしに……
「さぁ、これで君は誰でもない存在になった……これで私はようやく、君を……あの人として扱うことができる……!」
白神さんは恍惚とした笑みを浮かべている。
あの人……あの人って、誰だろう?
というか、僕は……僕は、一体誰だったのだろうか?