全ては、まやかし
そして、遂に僕と蛍さんは石段を登りきった。
目の前には白神神社の鳥居が、闇夜の中に不気味にそびえ立っている。
僕は今一度蛍さんの方を見る。
「……行っても大丈夫ですか?」
僕がそう訊ねると蛍さんは小さく頷く。
「この鳥居をくぐった先は……何があっても不思議じゃないから。もし、どんなことがあっても、忘れないで、私は、アナタと共にいるってこと……私が渡したお守り、もう一度見せてくれる?」
僕は言われたとおりに蛍さんにお守りを差し出した。
蛍さんはお守りを見てから、それを胸元でギュッと握る。
しばらくお守りを抱きしめた後で、蛍さんはお守りを僕に差し出す。
「……念を込めたわ。このお守りは私の分身みたいなもの。だから、何かあったら、このお守りのことを思い出して」
「……わかりました」
僕はそういってお守りを十字架とは別のポケットに入れる。クロス神父の十字架と蛍さんのお守り……僕には二つの守りがある。
そして……終わらせるのだ。この、不幸な災厄の儀式を。
「じゃあ……行きましょう」
蛍さんは力強く頷く。そして、僕の右手をギュッと握った。
僕は鳥居に向かって大きく一歩を踏み出す。鳥居の下を……くぐる。
その瞬間、何か……とてもつもない不快感が僕を襲った。それこそ、少しふらついてしまうほどの。
若干のめまいに立ちくらみながらも僕は意識を保つ。しかし、その次の瞬間……右手のぬくもりが存在しなかった。
「え……蛍さん!?」
蛍さんの姿は……なかった。まるでこの前の旧白神神社と同じ……
「ふふっ。ようやく、ここまでたどり着いたね」
声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。僕はゆっくりと背後へ振り向く。
そこには……
「……白神……さん」
僕が初めて出会った時と同じように、白神さんはそこにいた。
見覚えのある巫女装束……そして、神社の境内の端に設置してある、小さな腰掛けに座って。
「この姿で会うのは、随分と久しぶりだね」
「……ええ。そうですね」
白神さんは薄い微笑みを浮かべて、僕を見ている。
「……蛍さんに何かしたんですか?」
「蛍……フフッ。そうか。君は未だに理解していないのだな」
「え……?」
すると白神さんは憐れむような視線を僕に向ける。
「八十神語り……神々の力を呼び込むために古より行われてきた白神村で行われてきた儀式……それは嘘のようなことを現実とし、現実を嘘に変える……君だってそういう経験をしてきただろう?」
白神さんは意味のわからないことを言った。現実、嘘……確かに嘘みたいな経験はしてきたけれど……
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。八十神語りは、神々に翻弄されて行われる儀式だ。8つの神々の話をする度に不可思議な現象が起きる。そして、それは全て神が引き起こす事象であり、それによって出会う人々も、起こる出来事も……簡単に言ってしまえば、全て神々のまやかしなのさ」
白神さんはそう言って、僕を見る。その視線に晒されて、僕は恐怖した。理解したのだ。白神さんが言っていることを。
「そ、それって……」
僕が怯えていることを確信したようで、白神さんは不気味に微笑んだ。
「ああ、君が出会ってきた人々、経験した出来事、それは全て……まやかしだ」