死を願う声
一瞬、僕は何も言えなくなってしまった。
ただ、母さんから受け取った受話器を手にしたままで立ち上がり、リビングから出る。
暗い廊下に出てから、僕は大きく息を吐き出して、そして、ゆっくりと耳元に受話器を当てた。
「……もしもし?」
しかし……電話の向こう側は何かざわざわとしていた。まるで外のような……それでいて、誰かの息遣いも聞こえてくる。
そのうち、微かに笑い声が聞こえてきた。僕は受話器から耳を離そうとする。
どう考えたって、これ以上電話をしていてもいいことがないとわかっていたからだ。
そして、僕はそのまま受話器から耳を離そうとした……その時だった。
『一緒に死んで』
酷く乾いた声が、電話の向こうから聞こえてきた。
それは……本気で僕の死を願っているような……邪悪で、冷たい響きの声だった。
「え……」
そして、僕が声を漏らした直後だった。
『死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで――』
「う……うわぁぁぁ!?」
思わず僕は電話を取り落としてしまった。
受話器からは……笑い声が聞こえている。そして、それがしばらくすると……
『ねぇ……一緒に死んで?』
それだけ最後に聞こえると、それ以上はなにも聞こえなくなり、電話はブツリと切れた。
「ど、どうしたの!?」
母さんが心配そうな顔で僕のことを見に来る。
僕はただ、反射的に苦笑いした。
「あ、あはは……琥珀……ちょっと怒ってたから……」
明らかに様子がおかしいことに母さんは困惑していたが……僕ももう限界だった。
八十神語りは……ついに、明日の夜という時まで迫っていた。