優しさと招き
それからの日々……八十神語りが行われる日までは、驚く程に何もなかった。
というよりも、おそらく、琥珀……白神さんが意図的に仕掛けてこなかったのだろう。
常に誰かに見られているという感覚はあったし、いつも十字架のお守りと……蛍さんから新しく渡されたお守りを持ち歩いていた。
無論、覚悟は決めている。僕はもう……死ぬつもりはない。
そして、黒田真白が言っていた言葉……琥珀と白神さんが怒っているということ……
……以前のようにどうすればいいかとか……そういう気持ちがまったくないというわけではない。
だけど……
「賢吾?」
と、僕は母さんに話しかけられてふと我に帰った。
「え……あ、ああ……ごめん」
夕食中も、僕は完全に上の空だった。母さんは心配そうな顔で僕のことを見る。
「……大丈夫?」
「あ……うん」
母さんは心配そうな顔のままだった。父さんは……まだ入院中だ。母さんが心配そうな顔をするのも……そのせいでもあるのだろう。
「……賢吾。その……もう、大丈夫なのよね?」
母さんは不安そうな顔でそう訊ねる。
僕は……なんとも言えなかった。
そして、僕が返事をしないことで、母さんは理解したようだった。
「……賢吾。その……母さんは何も知らないし……わからないわ。でも……アナタに無事でいてほしいって気持ちは……誰よりも強いものだって、自信が持てる」
「え……母さん……」
いつもほわほわとした母さんが強い口調でそう言った。
僕は思わず驚いてしまった。
「だからね……危なくなったら……思い出して。自分には待っている人がいるんだ、って……ね?」
母さんはそういって、僕のことをジッと見ていた。
なんとなくだけど……母さんも薄々事情を理解しているように思えた。
無論、そんなことはないのだけど……
「……ありがとう。母さん」
と、その時だった。
ふいに、家の電話がけたたましく鳴り響く。
僕は直感的に嫌な予感を感じた。
「あ! 私が出るわ」
そういって、母さんは電話に出る。
「あら! どうしたの? うん……ああ。わかったわ。賢吾ね」
母さんは誰かと話している……僕はその場から動けなかった。
そして、母さんは嬉しそうな顔で僕に電話を持ってきた。
「はい。これ」
「……誰?」
すると、決まっているではないかと言う顔で母さんは僕を見る。
「琥珀ちゃんよ」