母の思い
「……僕を……どうするつもりですか?」
鳥居を隔てて、僕と蛍さんは完全に分断されてしまった。
目の前には……黒田真白がいる。
この人が黒田さんのお母さん……間近でみると、たしかに面影があった。
「フフッ。別にどうするつもりもないわ。ただ……お話がしたいの。なんなら、彼女の目が届くここでしてもいいわ」
意外にも黒田真白は柔らかい対応だった。僕は思わず蛍さんの方を見る。
蛍さんは警戒を怠るなという感じで僕に目だけで合図する……僕も小さく頷いた。
「……話って……なんですか?」
僕が訊ねると、黒田真白はジッと僕のことを見る。
その目は……間違いなく僕が知っていた黒田さんのものと同じものだった。
「……単刀直入に聞くけど……アナタ、後ろにいる彼女のこと、好き?」
「……へ?」
予想外の質問に僕は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
しかし、黒田真白は本気のようだった。
僕は少し困ったが……やはり答えることにした。
「え……え、ええ……好き……ですけど」
「その好きというのは、どういうこと? 愛しているということなの?」
黒田真白はさらに真剣な調子で僕に訊ねてくる。
愛している……そこまで大げさかと聞かれれば……
でも……僕は今まで蛍さんのおかげで様々な危機を乗り切ってきた……正直、僕の中で黒田さんという存在は……既に無くてはならない存在になっている。
「……愛しているということがどういうことかは……わかりません」
僕は正直に答えた。黒田真白はただジッと僕のことを見ている。
「でも……僕は、蛍さんと一緒にいたい……もう二度と離れたくないと思っています」
かなり恥ずかしかったが……僕はそう言った。
黒田真白は何も言わずに僕のことをジッと見ている。気まずい雰囲気だけが、僕と黒田真白の間に流れる。
「……それは、琥珀ちゃんよりも?」
そして、黒田真白はそんな質問をしてきた。琥珀ちゃんより……つまり、黒田さんよりも、ということを聞いているわけだが……
僕はただ、何も言わずに小さく頷いた。
無論、黒田さんのことを嫌いになったわけではない。だけど……
僕は背後を振り返る。蛍さんは、呆然として僕のことを見ていた……無事に帰ったら、ちゃんと話そうと心の中で思う。
「……そっか」
そして、黒田真白は小さな声でそう言った。その声は……それこそ、とても残念そうなものだった。
「はぁ……琥珀ちゃん……やっぱり駄目だったかぁ」
「……え?」
黒田真白はそう言うと、苦笑いしながら僕を見る。
「だって、お父さんだけじゃ、きっとどんな風にすれば女の子らしくなるとか……そういうのわからないだろうなぁ、って……実際、そうだったでしょ?」
「え……そ、それは……」
「……でも、アナタの選択。誰も文句は言えない。琥珀ちゃんだって、白神さんだって……私は私の思ったと通りに選択した……それが琥珀ちゃんのためになると思ったから。でも……結果として、琥珀ちゃんには寂しい思いをさせちゃったけど……」
そう言うと悲しげな顔をして黒田真白は僕を見る。
「……きっと、あの子、とっても怒るわよ? それ、分かっているのよね?」
黒田真白は決して脅すつもりはないようで、再び真剣な顔でそう言う。
「……ええ。それは……僕の責任ですから」
「フフッ。偉いわね。でも、琥珀ちゃんに悪気はないの。白神さんだってそう……だから、ちゃんと話してあげて。今の私にそうしてくれように……」
それだけ言うと、黒田真白の輪郭が薄れたような気がした。
「え?」
僕がもう一度彼女を見ようとすると、既に彼女の姿は……もう目の前にないのだった。




