蛍の言葉
そして、僕と蛍さんは旧白神神社に向かって歩き出した。
既に何度も通った道だけれど……進んでいく先に旧白神神社があると思うと憂鬱な気分になってくる。
本当に大丈夫なのだろうか……そんな不安が僕の頭に過る。
無論、僕は自身が死にたくないことはわかった。でも、その分、余計に恐怖は増してしまった。
死にたくないという恐怖……でも、どうすえばいいのかわからない。
頼ることができるのは、目の前を歩く褐色黒髪の巫女……蛍さんだけ。
「賢吾君」
と、僕がそんなことを考えていると、蛍さんが話しかけてきた。
「え……なんです?」
「さきに言っておくけど、私、アンタのこと、好きだから」
そういって、蛍さんは振り返って僕のことを見ている。
……へ?
頭の中にそんな疑問符が浮かんだ。
え……ちょっと……今、蛍さん、なんて言ったんだ?
「……え……蛍さん。その……今なんて……」
「二度は言わない。ここからは勝手に喋るから、聞いてて」
そういって蛍さんは話を続ける。
「……私はね、この八十神語りっていう儀式、私自身とは無関係に思えないの。黒田家の話も……そして、黒田琥珀のことも」
そういって蛍さんは僕のことを今一度キッと見る。
その瞳は吸い込まれるぐらいに美しいものだった。
「だから、黒田琥珀の気持ちもわかる。あの子は……賢吾君のことが好きだった。ううん。今も好きなんだと思う」
そういって、蛍さんは僕の方に近づいてくる。
その勢いは止まるつもりはないらしく、そのまま僕の方に抱きついて来ると言わんばかりの勢いで……
「え……蛍さ――」
そして、実際に蛍さんは僕に抱きついた。
柔らかくて温かい感触が僕の体全体を包む。
自分自身の心臓の鼓動が酷く早く脈打つのがわかった。
「だからこそ……負けない。負けたくない。私は巫女として……女として、黒田琥珀に、賢吾君を取られたくないから」
あまりにもカッコいい言葉だった……
僕はただただ、その蛍さんの美しい表情と瞳を見ることしかできなかった。
「……今は返事はしなくていい。ただ……わかっていて。私は、賢吾君が好き。絶対に死なせたりしない……心配しなくていいってこと……わかった?」
蛍さんは今一度僕のことを見る。僕は……何も言わず大きく頷いた。
すると蛍さんはゆっくりと僕のことを解放する。解放された後も、どことなく柔らかい感触が残っている。
「……今は、だからね」
「……え?」
僕が訊ね返すと、蛍さんは恥ずかしそうな顔で僕のことを見ていた。
「全部終わったら……返事、言いなさいよ」
そういって蛍さんは歩いていってしまった。
僕は未だにどこかぼんやりとしたままで蛍さんの後を歩く。
返事……僕自身も、色々と決意をしなければいけいないということを、改めて実感した。
もっとも……既に僕としてもどうしいのかはわかっていたのだけれど。