共に前へ
「え……死にたい……?」
いきなり言われた言葉の意味を、僕は正確に理解できなかった。
ただ……ケイさんが僕に重要なことを聞いていることだけは理解できた。
「黒須君。死にそうな思いをした時、どう思ったの?」
「どう……思った、って……」
「だって、放っておけばアナタは八十神語りに巻き込まれて、白神と共に死ぬ……それなのに恐怖や苦痛を感じたの?」
ケイさんに言われて僕は理解した。
ああ、そうだ。僕は明確に死にたくないと思ってしまった。
いずれ死ぬとわかっていたはずなのに、とても強く死にたくないと思ってしまったのだ。
「……ケイさん、僕は……」
僕がそういってケイさんを見ると、ケイさんは落ち着いて様子で僕を見ている。
「誰にでもあること……死を覚悟したように思えても実際にその目にあってみたら死にたくないと思う……そんな状態で死んだら……最悪でしょ?」
ケイさんはそう言ってふと、僕の右手をギュッと握った。
「あの時……私の手を離した黒須君は、死を選択した……ううん。したつもりになっていた。でも、実際は死ってのはどこまでも暗くて、怖いもの……私はそれを曲りなりにも経験したから……」
そういって、ケイさんは僕の右手を優しく撫でる。
「……酷い事を言うようだけど、白神は……アナタを死に招いている。アナタがどんなことをしても、白神の気持ちは変わらない。わかるでしょ?」
ケイさんはそう言って、僕のことをまっすぐに見る。
「でも、私は……黒須君に生きてほしいと思っている。ううん……生きてほしいと思って、ここまでやってきたの」
ケイさんの言葉は重く僕の心に響いた。
そして、自分が如何にケイさんを裏切るような真似をしてしまったのかが……強く思い知らされた。
「……ケイさん……その……本当に、ごめんなさい」
僕がそう言うとケイさんは少し目を丸くしていたが……ニッコリと微笑んだ。
「うん。気にしてないって言ったでしょ。ただし……」
「痛っ!」
と、ケイさんは僕の手の甲を思いっきり指先でつねった。
「……今度、私の言うこと破ったら、私が殺すから」
「は……はい……」
ケイさんのその言葉はとても冗談には思えなかった。
「あ、あと。もうケイさんはやめてくれない?」
と、ケイさんは唐突にそんなことを言ってきた。
「え……じゃあ、なんて呼べば……」
すると、何故かケイさんは少し恥ずかしそうにしながら少し躊躇っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「……蛍。蛍でいいわよ」
「え……い、いいんですか? 本名でも?」
「いいわよ。もう知られちゃったし……」
「はぁ……じゃあ、その……もう一度お願いします、蛍さん……」
そう言うと、蛍さんはニッコリと得意気に微笑んだ。
「よろしい。こちらこそ、よろしく頼むよ。賢吾君」
どこかむず痒い感じがしたが、それでもケイさんの優しそうな笑顔を見ることができて、単純に僕は嬉しいのだった。




