死に際にて
信じられない光景だった。
人が火だるまになるのを、僕は初めて見た……それだけじゃない。それが知り合いの女の子だったら尚更である。
「あ……あぁ……」
僕は間抜けに声を上げることしかできなかった。
火だるまの蛍は、炎に包まれたままで、僕の方へ近づいてくる。
「さぁ……今度はもう逃げないで。私だけを置いていかないで……ね?」
僕は、反射的に逃げようとした。しかし、まったく動けなかった。
そして、蛍が僕の手をぎゅっと握ってくる。
その瞬間、僕の身体にも炎が引火した。
「あ……あぁ……」
それはあっという間のことで、僕の身体も炎に包まれてしまった。
「あ……う……ぎゃぁぁぁ!」
思わず叫び声をあげてしまう。
信じられない激痛が、熱さが、僕の身体を駆け巡る。
自分の肉体が焼かれている……その恐怖が、如実に僕自身の脳を地獄へと追いやっていた。
「さぁ……一緒にホタルビ様になろう……黒須君とならなれる……私がずっと一緒にいてあげるから……」
蛍は僕のことをギュッと抱きしめてくる。益々炎が僕を包み込む。
「い、嫌だァァァ! あ、熱い! 痛いよぉ!」
半狂乱になりながら叫ぶ。夢であってほしかった。でも、痛いし、熱いし、怖い。
死にたくない。このまま火だるまになって死ぬなんて嫌だ。
「し……死にたくない! 死にたくないよ! 助けてぇ!」
情けないと思いながらも僕は全力で叫んだ。でも、蛍は僕を離さない。
振りほどこうとしても無駄だった。その時わかった。
そうか……僕は遅かれ早かれこうなる運命だったのだ、と。
八十神語りに関しても、男女は抱き合ったまま死ぬ……つまり、それは今の状況とほぼ一緒なのである。
僕は、なんと愚かだったのか。
今日、こんな状況になるまで、それがどういうことか理解していなかった。
それは……とても恐ろしいことなのだと。
そして、僕はとても勝手なことだけれど、今ようやく明確にわかった。
「死にたくない……死にたくないんだよぉ!」
その時だった。
「うるさい!」
そんな声と共に、僕は頭に鈍い一撃を感じる。
「……え?」
僕は一瞬目をつぶった後、ゆっくりと目を開ける。
そこには……
「あ……あれ……蛍……?」
僕の目の前には……蛍がいた。
でも、その容姿はもう巫女服じゃない。どこかの学校の制服だ。
それに、髪が黒いのは一緒だけれど……肌は小麦色だった。
蛍はムッとした顔で僕のことを見る。
「……随分と馴れ馴れしくなったわねぇ、黒須君。私のこと、呼び捨てにするなんて」
「え……あれ……ここは……?」
見渡すとそこは……ホテルの一室のようだった。
「え……僕は……」
すると、蛍……らしき少女は大きくため息をつく。
「……ホタルビ、追ったでしょ?」
「え……ホタルビ?」
「……蛍がいたでしょ? たぶん……私の部屋の外に」
そう言われて僕はようやく思い出した。自分が何をしにきたのかを。
そして、目の前の少女が蛍……ではなく、ケイさんであるということを。