無力
それから10日というのは、あっという間のことだった。
10日間の間、僕は白神神社には行かなかった。白神さんに会いたくなかったわけではなかったけれど……どうにも、会っても話なんてできなそうと思ったからだ。
しかし、それは黒田さんに関しても同様で、10日間一度も会うことはできなかった。
同じ学校なのだから会いに行けばいいのだが……髪が短くなった黒田さんのことを思い出すと、なんとなく会いに行きづらかったのだ。
そんな僕が10日間経ったことを知ったのは、黒田さんが放課後、僕のもとにやってきたからだった。
「黒須さん。どうも」
いつも通りの変化の乏しい表情で、黒田さんは僕にそう話しかけてきた。
「黒田さん……今日だね」
「はい。さぁ、行きましょう」
黒田さんのその言葉と共に、僕と黒田さんは白神神社に向かった。
時折、僕は短くなってしまった髪をチラリと見る。その髪は短くなってもなお、美しさを保っている……それだけが、僕の心の慰めだった。
「……黒須さん。ちょっと、よろしいですか」
と、黒田さんはいきなり立ち止まった。僕も思わず立ち止まる。
「え……な、何?」
「……これ、ちょっと見て下さい」
そう言って、黒田さんはスカートのポケットから何かを取り出した。
それは……真っ白な髪だった。
それこそ、絹の糸のような美しい白い髪……それこそ、白神さんの髪の毛のような白い髪だった。
「……これは?」
「……私の髪だったものです」
「これが……黒田さんの……?」
そう言われて、僕は今一度その白い髪を見る。
黒田さんの髪が、こうなった……それは、やはり八十神語りが関係しているのだろうか。
それに、僕が10日程前、夜に見たあの夢……僕の心の中は俄に不安で一杯になった。
「……黒須さん? 大丈夫ですか?」
「え? あ、うん……ごめん」
僕がそう謝ると、黒須さんは首を横に振り、悲しそうに視線を落とす。
「……私もおじいちゃんの話を聞いていた時は、半信半疑でしたが、どうやら八十神語りというのは本当に力のある……儀式のようですね」
悲しそうにそういう黒須さんを見て、僕は何も言えなかった。
八十神語りの全貌も未だにわからないし、白神さんの狙いもわからない……そんな僕に、黒田さんを慰めることはできなかったからだ。
「黒須さん、その……僕、白神さんに聞いてみてもいいかな?」
と、僕がその提案をすると、黒田さんは目を丸くする。
「え……? 何を、ですか?」
「……一体、何が目的なのか、って。白神さんだって、悪い人じゃないと思うし……それに、もし本当に危険だったら八十神語りをやめてもらって……」
僕がそう言うと、黒田さんは悲しそうな顔をしたあとで、優しく僕に微笑みかける。
「……いえ。いいんです。始まってしまった八十神語りは止めることはできません。おそらく、それは白神さん自身にとっても、そうなのです」
「そんな……でも……」
僕が続きを言おうとする前に、黒田さんはそれを制止する。
「いいんです。黒須さんは……私と八十神語り付き合ってくれるだけで。それだけで、十分過ぎますから」
黒田さんにそう言われてしまっては、僕ももう何も言えなかった。
その後は何もいわず、僕と黒田さんは白神神社に向かった。