僕と彼女と
番田さんは話を終えると、再度、コーヒーを口に含んだ。
今の話……ホタルビ様の話。
どう考えても……というよりも、おそらくそういう意図で僕に話したのだろうが……
「……えっと、番田さん。その……」
「誰の話なのかは、明確にするつもりはないよ」
番田さんはそう言って、フッと小さく微笑む。ここまで話しておいてそれもないだろうと思ったが……僕にはそれ以上突っ込めなかった。
「……そう……ですか」
「ああ。ただ、君に考えてほしかったのは、君がこれからどうしたのか、ということだ」
番田さんはそう言って、僕を真剣な顔で見る。
僕は番田さんの意外な表情に少し驚いてしまった。
「え……僕が……どうするか……ですか?」
「ああ。君が怒らせてしまった彼女にも過去があるということだ。そして、彼女がこんなにも君を助けようとしているのは、単純に私に言われたからではない。君のことを親身に思っているからだ。そんな人間に裏切られたとなれば……彼女はどう思う?」
僕は何も答えられなかった。ただ、自分のしたことが一層情けなく、あり得ないことなのだということを強く意識する。
「でも……番田さん。蛍さ……ケイさんはもうこの町には……」
「いるぞ」
いきなり番田さんの口から飛び出してきた言葉に僕は驚く。
「え……で、でも、ケイさん、もうこの件から降りるって……」
「ふっ……言っただろう? 彼女は君のことを君が考えている以上に考えているんだ。それにこの町の神様との決着にも納得していないのも本当だ。だからこそ、まだこの町に残っているんだよ」
そう言うと、番田さんは残っていたコーヒーを一気に口の中に流し込む。
「さて……無論、君が八十神語りの定めた運命の通りに従うのも1つの手だ。君が死ねば、この儀式も途絶える。しかし、こうは考えないか? 自分を守ろうとしてくれた彼女に、申し訳ない、と」
番田さんはまたしても真剣な表情でそう言う。
僕がどうなるかは……確かに1つの問題ではある。でも、それは八十神語りの運命によって左右されてしまうようなものだ。
だけど、僕のことを今まで助けてくれたケイさんに対する僕の態度は……僕自身が決めることなのだ。
「……番田さん。お願いがあります」
僕がそう言うと、番田さんはニヤリと微笑んだ。
「ふむ……そうだな。私も丁度ケイくんに用事があったからな。一緒に彼女のホテルに向かうとしよう」
そういって、僕と番田さんは一緒に喫茶店を後にしたのだった。