ホタルビ様の話
その少女は「蛍」という名前なんだ。
黒く長い美しい髪に、真っ白な肌……年齢の割に大人びたその少女の儚さは、それこそ短くしか生きられないホタルのような印象を受けた。
その神社は神主とその妻……夫婦が管理をしていてね。
夫婦には子どもはいなかった。だから、蛍は夫婦が養女として迎え入れた子どもだったんだ。
夫婦は蛍を可愛がっていたそうだ。神社への参拝客も実際そう思っていたらしい。
夫婦も蛍を可愛がっていた。それだけは事実らしい。本人もそう言っていたからな。
その時は私も八十神語り以外の儀式の調査もしていたからね。実際、私もその神社を調査した際には世話になったよ……本当、普通の夫婦に見えた。
ただ……やはり、どこかおかしな部分があったらしい。
蛍が言っていた不思議なことで一番気になるのは……夫婦がなぜか自分に対して「ホタルビ様」と呼んでくることだったそうだ。
なにせ自分の名前は蛍だからね。「ホタルビ様」なんて呼ばれる理由がない。
しかし、その理由はすぐにわかった。
それは蛍が12歳……今から5年ほど前のことだ。
……その神社にも数度か訪れていたんだ。
ただ、その日は少し遅くなってしまってね。夕暮れ時だった。
私はまず夫婦に会いに、境内の敷地内の夫婦の住まいにむかった。その時から変だった……何かが焦げているような……おかしな匂いがしたんだ。
私はチャイムを鳴らしたんだが……夫婦は出てこない。しかし、家の中からは女の子の泣き声が聞こえてくる。
私は仕方なく玄関の扉に手をかけた。すると扉はすぐに開いた。
家の中に入った瞬間、違和感があった。煙だ。家の奥から煙が立ち上っているんだ。
これは大変なことだと思って私は家の中へと踏み込んだ。
そして、居間まで行った時……絶句したよ。
家の床には血だまりができていてね……部屋の隅では夫婦が血だらけで倒れていた。
夫婦が灯油でも撒いたのか、既に部屋には火の手があがっていた。
そして、部屋の中央では……縄で縛られて身動きが取れなくなった蛍が、声を涸らして泣いていたんだ。
蛍の額には「ホタルビ様」と書かれた御札が張ってあった。
私は無我夢中で蛍を担いで家を出たよ。その後、消防車と救急車を呼んだ……夫婦は残念ながら手の施し用がない状態だった。
そして、蛍は……天涯孤独の存在になってしまった。
仕方ないので今は私の知り合いの神社……今度は「不思議なことがない」神社で預かられている。
彼女に残されたのはたった一つ、自分を焼き殺そうとした夫婦がくれた蛍という名前だけ。
私は今も蛍を助けた時に、泣きじゃくりながらも蛍が聞いてきたことを覚えているよ。
「せんせー……アタシは……ホタルビ様なの?」とね。
私は違うと言った。君の名前は蛍だ、とね。
それ以来彼女は自分の名前を大事にしているよ。
心を許した相手や、危険性がないと判断した相手にしか本当の名前を明かさないのは、そのせいなのだろうな……
これが、ホタルビ様の話だ。