残された日々
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。
その日も僕は……あまり眠ることができなかった。
未だに脳裏に浮かんでくるのは……ケイさんのあの表情だった。
ケイさんは……泣いていたのだ。
今回は確実に僕のせいでケイさんは危険な目にあった。
そして、僕はそれをわかっていて……ケイさんの手を振り払ったのだ。
ケイさんが怒るのも当たり前である。
僕は今までケイさんに手を差し伸べられてきた。助けられてきたのだ。
それなのに僕はこの期に及んで……その手を振り払った。
自分でも嫌になるほどにそれが最低の行為だということは……心底理解することができた。
そして、その日も僕は学校に行く。無論、意思とは関係なしに、行かざるを得ないのだ。
それが日課であるし、何よりそれは義務だから。
ただ学校に行くと必ず会わなければいけない存在。それが――
「おはようございます。賢吾」
今日も……琥珀は家の前で待っていた。貼り付けたような笑顔で嬉しそうにしている。
「……ああ、おはよう」
「どうしたのですか? なんだか、元気がないようですが」
……琥珀はわかりきっていることだろうに、僕にそう訊ねてくる。
僕は何も言わない。僕に無視されても琥珀は僕がそうすることを理解しているようで、特にどうこうするというわけではなかった。
「それにしても、早いものですね」
ただ、その日は琥珀は不意にそんなことを言ってきた。僕は思わず琥珀の方を見る。
「……何が?」
「何って……八十神語りですよ。最後の八十神語りまで、後一週間ですから」
嬉しそうにそういう琥珀。
そうだ……後一週間。
僕はそう言われてもう、自分自身に残された時間がほとんど無いことを理解したのだった。




