決別
「え……ケイさん?」
僕は思わずケイさんに叩かれて頬を手で抑えていた。
今……僕はケイさんに叩かれたのか? いきなりのことでわからなかったが……どうやらそのようである。
「……黒須君。アンタ……自分がしたことわかってんの?」
今まで聞いたことのないような低い調子の声で、ケイさんはそう言った。
その瞳は怒りに満ちているような……それでていてとても悲しそうな目だった。
「え……ぼ、僕は……」
「……あれだけ言ったよね? 手、離さないで、って……それなのに……アンタは自分からアタシの手を振り払った……それって、どういう意味かわかってんの?」
「え……あ……」
何も返事ができなかった。
僕は思い出していた。
琥珀が言ったこと。「あの女ではなく、私を選んでくれて」……
僕は……ケイさんの手を振り払った。振り払って……黒田さんの声がする電話の方へ向かったのだ。
「で、でも……あの時は、黒田さんが……」
「……へぇ。なんだ。アイツの言っているとおりなんじゃん」
ケイさんはそう言って、目の端に光るものを貯めながら、口の端を釣り上げて僕を睨む。
「結局……黒須君は……アタシのこと、都合の良い便利なお祓いの仕事の人程度にしか認識してないんだよね」
「え……け、ケイさん……何言って……」
「本当のことでしょ? はぁ……なんだか馬鹿らしくなってきちゃったなぁ……ここまできたけど」
そういって、ケイさんは立ち上がった。そのまま書斎を出る。
「え……け、ケイさん?」
ケイさんは答えない……その時、僕はようやくケイさんが怒っていることを認識した。
そして、僕とケイさんは黒田家の玄関から外へ出た。
「け……ケイさん? もう……大丈夫なの?」
ケイさんは僕がそう言うとこちらを見る。その目はやはり怒っていた。
「ん。別に大した事ない。喉は痛いけど」
「あ……そ、そっか……そ、その……さっきは――」
「アタシ、降りるから」
「……え?」
ケイさんは僕に聞こえるようにはっきりそう言った。そして、鋭い瞳で僕を睨んでいる。
「え……け、ケイさん……何言って……」
「言ったとおり。アタシ、もうこの件に関わるやる気、なくなっちゃったから」
僕は何も言えなかった。それは……ケイさんが怒っている原因が、間違いなく僕のせいだということが理解できていたからだった。
「け、ケイさん……で、でも……」
「うるさいなぁ。もういいでしょ。いいじゃん。アンタはアイツと一緒になりたいんでしょ? だったら、八十神語りを最後までやればいいじゃん。それでアイツと死んで……本望でしょ?」
「け……ケイさん……」
そう言って、ケイさんは僕に背中を向けてしまった。
「……信じてたのに。アンタも……結局、アイツらと一緒なんだ」
ケイさんの言葉はそれが最後だった。そのままケイさんは呆然とする僕のことを残して境内を歩いていってしまった。
「フフッ……これで、もう誰にも邪魔されませんね」
耳元でそんな声が聞こえて、僕は振り返る。
周囲には誰もいない。
まさか、琥珀は最初からこれが狙いで……
しかし、気付いた時にはもう、僕はケイさんの信用を失うという、琥珀の望んだ策略通りの失態を演じてしまったいたのだった。




