罠
黒田さんの部屋を出て、僕とケイさんは黒田家の玄関へと向かっていた。
それにしても……先程のことを考えると、とても恐ろしい。
この家には、黒田さんのお爺ちゃんの想いが、残っているということだ。
そして、それは今この瞬間も同じ……とても恐ろしい事実だった。
「はぁ……さっさとこの家から出た方がいいね。ホント」
ケイさんは嫌そうな顔でそう言う。僕も同感だった。
そして、扉が見えてきた。僕とケイさんは手をつないだままでそちらに向かう。
その時だった。
プルルルルル……プルルルルル……
「え」
思わず声が漏れた。
電話の音……見ると、玄関にある電話が静寂を破らんばかりに大きな音で鳴り響いている。
僕は思わずケイさんを見る。
「ダメ」
ケイさんははっきりと言った。当たり前だ。どう考えてもダメ……僕も理解できた。
しかし……僕はとてつもなく電話に出たかった。
何故だかわからないけれど、電話に出なければいけない気がしたのだ。
「黒須君!」
ケイさんが強めの声でそう言う。
「え……あ、ああ。そうですよね……早くこの家から出ましょう」
「そう! だったら……どうしてそこから動こうとしないの!?」
ケイさんに言われて僕は気付いた。
ケイさんは先程から強い力で僕のことを引っ張っている。
しかし、僕の足は僕の意思とは関係なく、その場に踏みとどまっている。
自分でも信じられない程の力で。
「ケイさん……僕は……」
「黒須君!」
その瞬間だった。電話の音が途切れた。
ようやく終った……その時だった。
『はい。黒田です。ただいま留守にしております。ピーッと鳴りましたらメッセージをどうぞ』
黒田さんの声だ……留守番電話になったんだ。
そして、そのまま聞いていると、ピーッと音が鳴り響いた。
「黒須君!」
もはやケイさんの声を聞いても僕はそこから動く気になれなかった。そして、電話から声が聞こえてくる。
『黒須さん……助けてください……』
ああ、これは……黒田さんの声だ。
助けなきゃ……僕が。黒田さんのことを。
そう思うと、僕はそのまま思いっきりケイさんの手を振りほどいた。
そして、そのまま電話に向かって走る。
「黒田さん!?」
僕は受話器に向かって怒鳴る。
『ふふっ……』
と、受話器の向こうで笑い声が聞こえた。
そして、その後に少し間があった後、また返事が聞こえた。
「ありがとうございます。その女ではなく、私を選んでくれて」
ゾッとするような冷たい響きの声で、受話器の向こう側……ではなく、背後から僕は、そう言われたのだった。