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白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第七神
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失われたモノ

「え……呼び声……?」


 僕は思わずケイさんに聞き返してしまう。ケイさんは無表情で頷いた。


「……生きている人の声じゃないし……第一、この家にはもう誰も居ないんでしょ?」


『おーい。琥珀? いるんだろう? 早く部屋から出てきなさい』


 またしても聞こえてくる黒田さんのお爺さんの声……そうだ。もう黒田さんのお爺さんはいない……


 でも、聞こえてくるのは間違いなく黒田さんのお爺さんの声だ……どうにかなってしまいそうだった。


「……分かっているだろうけど、返事しちゃ駄目。無論、扉を開けるのもダメね」


 ケイさんは真剣な表情でそう言う。僕は何も言わずただ小さく頷いた。


『琥珀? まったく……いるんだろう? 出てきなさい』


 と、今度はそんな声と共に、ドアをドンドンと叩く音が聞こえてきた。


 ……信じられなかった。あり得ない出来事が今、目の前で起きているのだ。


 僕もケイさんも何も答えない。


『琥珀。大丈夫だ。心配いらないから、早く出てきなさい』


 そういって、またしてもドンドンとドアを叩く音……それは今度は先程よりも大きな音になってきた。


『琥珀』


 と、今度はもはや名前だけが扉の向こうから聞こえてきた。そして、次の瞬間にはさらにドンドンと扉を強く叩く音。


 そして、しばらくの沈黙。


「……終わり?」


「違う」


 ケイさんがそう言った瞬間だった。


 ドンドンドンドンドンドンドン! と、まるで扉をぶち破ろうとせん勢いで扉が叩かれまくった。


 僕は思わず耳を塞いでしまった。ケイさんは無表情で扉を見ている。


『琥珀……開けておくれ……ここはとても寒いんだ……寒くて……私一人ではどうにかなってしまいそうなんだ……』


 今度はとてもつもなく悲しそうな声が聞こえてきた。


 そうだ……黒田さんのお爺さんは一人で自ら死を選んだ。愛すべき孫娘を残して……


『真白……琥珀……皆どこへ行った? 私を一人にしないでくれ……』


 ドンドンとけたたましくドアは叩かれ続けていたが、黒田さんのお爺さんの悲痛な声だけが聞こえてきた。


 と、なぜかケイさんがいきなり扉に向かって歩き出した。


「え……ケイさん?」


 僕がそう言うと心配するなと言う顔で僕を見るケイさん。そして、未だに叩かれ続けている扉に手を当てる。


「……よく聞いて。ここには……もう誰もいないの」


 ケイさんは悲しそうな声でそう言った。その間も扉は叩かれ続けている。


「アナタの愛した人達も、アナタ自身も……だから、もう気付いて。アナタなら気付けるはず」


 ケイさんがそう言うと扉を叩く音は次第に弱くなっていった。


 そして、しばらくすると扉を叩く音はピタリと止んだ。


 ケイさんは扉に手を当てたまま、扉のノブに手を伸ばす。そして、ゆっくりと扉を開く。


 僕は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。扉の先には――


「……誰も……いない」


 扉の向こうにはただただ、暗く寂しい廊下が広がっていた。


「そう。最初から扉の向こうには誰もいなかった……だから、もう大丈夫」


 そういってケイさんは微笑む。


 しかし、その顔は……どことなく悲しそうに見えたのだった。

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