見えない情念
「……く……君……須……君……」
誰かが……僕を呼んでいるような気がする……聞き覚えるのある声だ。
確か僕は白神さんと話していて、そのまま気を失って……
「……黒……須……君……黒須……君……」
段々と僕のことを呼ぶ声がはっきりとしてくる……この声は……ああ、そうだ。ケイさんじゃないか。
しかし、なぜケイさんが僕のことを呼んでいるんだ? ……ああ、そうか。僕はケイさんと白神神社にやってきて、それから……
「黒須君!」
と、はっきりとしたケイさんの声を聞いて、僕は目を覚ました。
「あ……え……こ、ここは……」
僕は未だ寝ぼけているような状態で周囲を見回す。目の前にはケイさんだけが心配そうな顔で僕を見ている。
「え……ケイさん、僕は――」
「ばか!」
そういって、いきなりケイさんは僕に抱きついてきた。
「え、えぇ!? け、ケイさん……」
「なんで言わないの! ヤバそうだったら言ってって言ったじゃん!」
ケイさんはそう言って、ギュッと僕のことを抱きしめてくれる……その優しい感覚で、僕はなんとか自分が今無事な状態であることを理解した。
「……ごめんなさい」
僕がそう小さな声で謝ると、ケイさんは漸く僕のことを離してくれた。
「はぁ……まったく。心配したんだよ? いきなり鼻血出してぶっ倒れるし……いくら呼んでも意識は戻らないしで……もう少し駄目だったら救急車呼んでたんだけど」
「あ……そ、そうなんですか……ごめんなさい……」
鼻血……ケイさんに言われて僕は鼻からボタリと血液が落ちていく場面を見た。
僕がそう謝ると、ケイさんは怪訝そうな顔で僕のことを見る。
「……もしかして、何も覚えてない?」
ケイさんのその言葉を、僕は否定することはできなかった。
僕が否定出来ないのを確認すると、ケイさんは小さくため息を付いた。
「なるほど……やっぱり、その手紙とやら、まともなものじゃなかったわけね」
「……すいません。その……信じてもらえないかもしれないんですが……手紙に書いてあることを読んだら、いきなり旧白神神社の方に飛ばされて……そこで白神さんと話していたんです」
僕がそう言うとケイさんは特に表情を変化させることなく、ただ僕のことを見ている。
「なるほど。それで、白神とどんな話をしたの?」
「え……その……やっぱり白神さんは……僕のご先祖様を恨んでいるみたいで……」
僕がそれだけ言うと、ケイさんは納得したようだった。
そして、ふと、なぜか僕が手にしたままだった手紙を僕から奪い取った。
「あ……ケイさん……」
「……黒須君の話は信じる。でも……これ、自分でもう一度見てみな」
そう言われて、ケイさんに差し出された手紙を見てみる。
「え」
思わず僕は驚いてしまった。
手紙には……何も書いてなかった。
白紙の文面に、僕の鼻から垂れたであろう赤い血液だけが一滴垂れている。
確かに手紙には血で書かれたような赤い字で、白神さんの怨念のような文章が書かれていたはずだというのに……なんだか、不気味な感覚だった。
「で、でも……この手紙には確かに……」
「うん。だろうね。この手紙には……白神と……黒須君の知り合いの情念というか……怨念が込められていたんだろうね」
そう言うと、ケイさんは喫茶店テンプルから持ち出してきたのか、マッチを取り出すと、そのまま手紙に火を付けた。
「え……も、燃やしちゃうんですか?」
「ああ、この手紙は危険すぎるからねー……ま、でもこれで白神が何を狙っているかがわかったわけね……問題はどうするか」
そういって、ケイさんはあっという間に消し炭になった手紙の残り滓を足で踏みつけると僕の方を見る。
「……黒須君。ホントに大丈夫?」
「え……ええ。一応……」
「そっか……じゃあ、アタシ、個人的に行ったほうがいいと思う場所があるんだけど……大丈夫?」
ケイさんが行った方がいいと思う場所……それは間違いなく、俺自身も行った方がいい場所である。
確かに多少まだ現実感のないフワフワとした感覚は残っているが……行かなければならないのだろう。
「……ええ、行きましょう」
僕がそう言うと、ケイさんは頷いた。僕達はそのまま白神神社の石段を降りて次なる目的に向かったのだった。