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白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第七神
138/200

邪悪な存在

 そして、次の日。


「……賢吾。大丈夫?」


「え? 何が?」


 家を出る時、母さんが心配そうに僕に訊ねて来た。


「だって……お父さんがあんな怪我して……賢吾にも、もしものことがあったらって……」


 母さんは心配そうにそう言う。僕は思わず笑ってしまった。


「え? な、何がおかしいのよ?」


「ああ、ごめん……でも、大丈夫。僕は……大丈夫だから」


 そういって、僕は家を出た。


 ポケットには父さんからもらった十字架を握りしめている。


「おはよう、賢吾」


 と、家を出ると、まるで待ち構えていたかのように白神琥珀が家の前に立っていた。


「……どうも、白神さん」


 僕がそう言うと、白神さんは小さく首を振る。


「違いますよ、賢吾。私は琥珀です。アナタが云う白神さんではありません」


「……どっちでもいいよ。琥珀……君は黒田さんじゃないんだ。その身体は黒田さんのものなのに……君は一体――」


「だから、私は黒田琥珀ですよ」


 何食わぬ顔で琥珀はそう言った。僕は絶句してしまう。


「え……だ、だって……君は黒田さんじゃ……」


「白神さんに取り憑かれて、黒田琥珀の人格は消滅し、琥珀という別人格が形成された……そういう話でしたよね?」


 琥珀はそう言いながら僕のことを見る。


「……ふふっ。違います。本当はそうじゃないんです。私は黒田琥珀です。アナタと会った時からずっと変わらないままの人格ですよ」


「で、でも……黒田さんは……」


「こんな感じの人間じゃなかった? ええ。でしょうね。こんな小さな町の、小さい神社の掟に縛られた哀れな少女……それが黒田琥珀でした。でも、白神さんが教えてくれたんです。そんな人格は捨てるべきだ、って。これからは別の人間として生きていくことができる……私に取り憑いた時、白神さんはそう言ってくれたんです」


 至極嬉しそうに琥珀はそう言う。それは……心の底から本気で言っているようだった。


「だから……私は変わったんです。黒須さん……いえ、賢吾。こんなになってしまった私の事……受け入れてくれますよね?」


 琥珀は微笑みながらそう言う。


 その顔は……僕が受け入れてくれることを確信している表情だった。


 でも……僕にはどうしても今目の前にいる少女が……かつて、僕におにぎりを作ってくれて、白神神社から一緒に夕焼けを見た少女と同一人物とは……思えない。


「……違う」


「え?」


「……君は……僕の知っている黒田琥珀じゃない。だから……僕は……僕の知っている黒田琥珀を取り戻したい」


 僕がそう言うと、琥珀はしばらくずっと僕のことを見ていた。


 そして、不意に無表情になる。


「ええ、構いませんよ。別に。勝手にして下さい」


「え……」


「……どうせ最終的には否応なく、アナタは私達を受け入れざるを得ないんです」


 すると、琥珀はいきなりこちらに駆けて来て、いきなり僕の耳元に口を近付け、囁いた。


「一緒に死んでくださいね、賢吾」


 それだけ言うと、絶句する僕を嬉しそうに見ながら、琥珀は歩いて行った。


 ……違う。あれは、黒田さんじゃない。


 僕は今一度強くそう思うのだった。

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