終わりの始まり
なんとなく気まずくなってしまい、僕は病室の外に出た。
手にしているのは……先程、父さんにもらった十字架だ。
「……これを……父さんのお婆さんが……」
父さんのお婆さんという人に僕は会ったことがないけれど……時代的には、クロス神父が白紙村にいた時代と同じくらいのはずである。
そうなると、この十字架は……
「賢吾」
名前を呼ばれてドキリとした。
母さん……の声ではなかった。
この声を僕は知っている……ゆっくりと声のする方へ顔を向ける。
「……琥珀」
そこにいたのは……白神琥珀だった。
相変わらずの雪のような白い髪に、優しい微笑み……その微笑みが、今の僕にはなんだか恐ろしく思えた。
「どうしたんですか? そんなに思い詰めた顔で」
「……なんでもないよ。それより……どうしてここに?」
僕はそう言いながら、十字架をポケットにしまった。琥珀は既に十字架には気づいているようだったが……なんだかあまり琥珀には見せない方がいいように思えたのである。
「ふふっ。いえ……賢吾のお父さんが事故にあったと聞きましたから」
「どうやって? 病院の人は、ウチにしか電話してないと言っていたけど」
僕がそう言うと琥珀はニッコリと微笑む。
……ここに琥珀がいる理由なんて、聞いたってどうせわからない。
わかっていたのだ、琥珀には。
父さんが最初から事故に合うということを。
「……そんなに怖い顔をしないで下さい。まるで私のせいでお父さんが事故にあった……そう言いたいんですか?」
「違う。そうじゃない。けど……」
「けど?」
僕は少し言うのを躊躇ったが……でも、言わなければ始まらないということは理解していた。
「……全ての悪いことの原因に、琥珀……いや、白神さん。アナタがいることは知っていますから」
白神さん、と言うと、琥珀の表情が変わった。
そして、鋭い瞳で僕のことを見る。
「……なるほど。どうやら、覚悟ができたみたいだね」
口調が変わった……もはや、目の前の少女を琥珀と呼ぶ必要はないだろう。
「白神さん……もう、終わらせましょう」
そう言うと白神さんはニヤリと不気味に微笑む。
「終わらせる……か。面白いね、君も。終わらせるんじゃない。終わるんだ。八十神語りは始まったら終わる……どのような形でもね」
そう言うと、白神さんは懐から何か手紙のようなものを取り出した。
「……さぁ。これが終わりの始まりだよ」
そういって、白神さんは僕にその手紙のようなものを差し出す。
僕は……恐る恐る、それを受け取った。
「白神さん、これは……あ」
手紙から今一度白神さんに視線を戻した時……既に目の前には、白神さんの姿は見えなかったのであった。