託される思い
「父さん!」
母さんと共に、僕はタクシーでなんとか病院に到着した。
「お……おお、賢吾……」
父さんは……生きていた。
「あ……アナタぁ…!」
そういって、泣きながら駆け寄っていくのは……母さんだった。
「お、おい……何もそんなに泣くことは……」
「心配したんです! もう!」
母さんは泣きながら父さんの手を強く握っている……僕も一先ず安心した。
「でも……一体何があったんです?」
母さんが訊ねる。
僕も気になった。実際、なぜ父さんはこんな状態になっているのか。
足は包帯でぐるぐる巻で吊るされている……何か事故にでもあったのだろうか。
「あ、あはは……まぁ、俺の不注意だな。階段でコケてそのまま……」
「えぇ!? そんな……大丈夫だったんですか?」
母さんが心配そうにそう訊ねる。父さんは小さく頷いた。
「ああ……まぁ、なんとかな……頭を打ったりしていると不味かったらしいが……」
「もう! それってすごく危なかったってことじゃないですか!」
その話を聞いて母さんはまた怒った……いつも注意深い父さんが階段から……なんとも信じられない話だった。
「それで……母さん。聞きたいんだが……賢吾に、アレは渡したのか?」
父さんの顔つきが変わった。アレ……僕にもすぐに思い当たる節があった。
「え、ええ……でも、アナタ……あれはずっとアナタが持っていた物じゃ……」
「いいんだ。これからは、賢吾に必要になるものだからな……ああ、母さん。悪いんだけど、コーヒーでも買ってきてくれないか?」
「あ、それなら僕が――」
「賢吾は、残れ」
父さんがピシャリとそう言った。母さんもその様子を察したのかそのまま病室を出ていってしまった。
暫くの間、親子の間を沈黙が支配する。
「……さて、俺がこうなっていることで……あのお守りが本物だったことが証明されたわけだな」
「え……父さん。それは……どういう意味?」
ベッドに横になったままで父さんは僕の目を真っ直ぐに見る。
「……賢吾。あのお守りは、俺のお婆さんのもの……らしいんだ」
「え……お婆さんってことは……僕の……」
「ああ、お前にとっては曾祖母になるな……それは、昔、この村にいたある外国人にもらったものらしい」
「え……が、外国人……?」
僕の中で1つの何かが弾けた。
番田さんが話した、かつて村にいた神父の話……神父はいなくなったが、それが原因で八十神語りに問題が起きたことも……
「……え、えっと……父さん、その外国人って、もしかして……」
「すまん。聞かれてもそれは……知らないんだ」
父さんは僕が聞くよりも前にそう答えた。
そして、その口調からして嘘はついていないようだった。
「……そっか」
「……お婆さんはいつも言っていた。あの人は特別な人で、ウチの一族はあの人の信じる神様に守られているんだ、って。だから、白神さんもウチの一族とは仲良くしてくれるんだ、と……」
そういって、父さんは僕のことを見る。
「……正直、お前が何に困っているかもわからないし、俺にとってはこの怪我も単なる不注意にしか思えん。だが……今日仕事に行く前にこのお守りが一瞬だけ光ったんだ。そして、直感的にだが……お前に渡す必要性があると判断した。それだけだ」
そういって、父さんは天井を見上げている。
「……俺はこの村の出身だ。だけど白神さんがどんなものかよく知らない……もし、その守りがお前に役に立つのなら、使ってくれ」
そう言われて、僕は今一度、父さんから渡された十字架を見つめるのだった。




