お守り
そして、方向性は決まった。
とにかく、八十神語りを終わらせる……それはそのままの意味ではなく、この村での因果を断ち切る、という意味だ。
ケイさんのその提案に、僕も番田さんも共感した。
番田さんは研究対象が消滅してしまうのはそれでいいのかと思ったけど……かといって、存続していいような代物ではない。
そして、目下のところ、まだ2つ残っている八十神語りをとりあえずこなすという方向になった。
「はぁ……」
その日の朝も、僕は思わず大きくため息をついてしまった。
八十神語りを終わらせるといっても……それを実際にやるのは僕なのだ。
黒田さんが帰ってこられるかは未だにわからないし……僕が上手くやれるかは不安だった。
それに、最近はいつにもまして視線を感じることが多くなってきている。
「……でも、頑張らなきゃなぁ」
そういって、僕は着替えを済ました。
「あら、賢吾。おはよう」
と、リビングに行くと母さんが既に朝食を作っていてくれた。
「母さん……おはよう」
「大丈夫? 最近……なんだか元気がないみたいだけど」
「あ、あはは……まぁ、ね」
すると、母さんは少し落ち着かない素振りで僕のことを見ていた。
そんな母さんは初めてだったので、思わず僕は訊ねてしまう。
「母さん……どうしたの?」
「え!? あ、あはは……えっと……実はね……父さんが今日仕事に行く前に……渡してほしいものがあるって言ってきたの」
「え? 父さんが?」
父さんが僕に渡す物……一体なんだろう? 誕生日でもないし……
すると母さんは座っている僕に近づいてきて、手に何かを渡した。
「え? これは……」
それは……小さな十字架だった。
「……父さんのお守りなんだって。それで……今度は賢吾に渡してほしいって」
「え……で、でも、これは……父さんのじゃ……」
その時、僕は目を疑った。
母さんは……泣いていた。なぜかは知らないが、両目から涙を流して。
「ど……どうしたの? 母さん……」
慌てて僕は母さんに訊ねる。
「……ごめんなさい。なぜだかわからないけど……私……すごく怖くて……」
母さんが泣いている……その異常な状況の最中だった。
リビングに電話が鳴り響く。
「あ……電話が……」
「僕が出るよ」
まだ泣いている母さんはとても電話に出られる状態ではない……僕は慌てて受話器を手にとった。
「はい、黒須です」
「ああ、黒須さんですか? こちら、白紙町総合病院ですが……今、よろしいですか?」
病院……病院が一体何の用だろうか?
「え? はい……なんですか?」
「実は、今朝方、黒須亮吾さんが救急で運び込まれました。今すぐ病院に来てもらえますか?」
その言葉を聞いた時、僕は血の気がさぁっと引いていくのがわかった。
そして、理解した。
大変なことになったのだ、と。