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白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第六神
129/200

這いよる深淵

「黒須君!」


 そう言われて、僕はケイさんの方に視線を戻した。


 ケイさんが僕の手を握る力が強くなっている……そして、すぐ横にいるものが良くない存在であるということも、強く感じることができた。


「け、ケイさん……どうすれば……」


「……わからないわ。横にいるコイツがいなくなってくれるまで待つ……いなくなってくれればの話だけどね……」


 しかし、横にいる何者かは、いなくなるどころか、少しずつ、僕達との距離を縮めようとしているかのようだった。


 すぐ近くに存在を感じる……どことなく嫌な感覚が躰を覆っていくようだった。


「け、ケイさん……」


 見ると、ケイさんの視線は左右にしきりに動いていた。僕よりもケイさんの方が「こういうもの」に対しての感覚が鋭い。おそらく、今本当にヤバイのは僕よりケイさんなのだ。


「黒須君……ま、まだいる?」


 ケイさんが震える声でそう訊ねる。僕は何も言わず頷いた。


「ま、マジで……? む、無理なんだけど……もう……このままずっとこのままなんて……む、むり……」


 本当にケイさんは限界のようだった。すでに視線は隣にいるヤツの方を見ようとしている。


 無意識にこの状態から逃れたくて、思わずヤツの事を見てしまおうとしているようだった。


 このままではいずれケイさんはヤツの事を見てしまう……そして、視線が合ってしまえば……


 何か、この場を解決する方法はないのか……僕はふと、書斎の机の上に視線を移す。


 八十神語りの真似事……灰村家がやろうとしていたこと……


「そうだ……ケイさん!」


 僕がそう呼ぶと、ケイさんは驚いたようにこちらを向く。


「え……な、何?」


「ケイさんは……僕のことを、愛している?」



 正直、滅茶苦茶恥ずかしかったが、僕はそう言った。


 さすがのケイさんもポカンとして僕のことを見ている。


「え……こ、この状況で何言ってんの?」


「だから! 愛しているか、聞いているの!? 好き!?」


「え……き、嫌いじゃないけど……す、好きっていうか……そういうのじゃ……」


 ケイさんは完全に混乱してしまっているようだった。しかし、ここで終わるわけにはいかない。


「嫌いなの!? 好きなの!? どっち!?」


「え……す、好き……かな……」


「じゃあ……今ここで僕と一緒に死んでくれる!?」


「……え? ……はぁ!?」


 ケイさんも意味がわからないという感じで僕にそう云う。僕は至極真剣だった。


「だから……僕と死んでくれるかって、聞いているんだよ!」


「そ、そんな……し、死ぬって……」


 ケイさんが困っている間にも、ヤツは益々僕達の方に距離を詰めているようだった。


 ケイさんの視線はしきりにヤツの方向をチラチラと見ている……もはや時間はなかった。


「ケイさん!」


 僕は今一度大きな声で叫んだ。ケイさんは我に返った様子で僕を見る。


「し……死にたいわけ無いでしょ! 黒須君と一緒になんて……死にたくない!」


 ケイさんは言葉にしてはっきりとそう言った。僕の狙い通りだった。


 その瞬間、フッと、隣の嫌な感覚が消えた。


 僕は横を見る。


「……いなくなった」


「……え?」


 書斎の中には僕とケイさんしかいなかった。


 ふと、机の上を今一度見る。


「あれ……? ノートが……」


 机の上は、それこそ、何年も使われていないようで埃をかぶっていた。


 ノートがあったはずの場所にも埃がかぶっている……それこそ、最初からそこには何もなかったかのように。

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