意図の所以
「……あれ、不味いものかな?」
僕はケイさんに尋ねる。ケイさんは何も言わずに小さく頷いた。
僕はそのまま書斎の中に入っていく。書斎は埃っぽいが……先ほどの食卓のような異臭は感じなかった。
そして、僕とケイさんは机の前に立つ。
「……触っても大丈夫かな?」
「待って、私が……やる」
そういってケイさんは古びたノートに手をのばす。そして、表紙の端を掴むと……そのまま頁を開いた。
表紙をめくると……そこには文字がびっしりと書かれていた。
紙自体がかなり古くなっているが……なんとか文字は読めるレベルだった。
「……これ、八十神語りのことじゃないの」
ケイさんは信じられないという顔でそう言う。僕も文字を読んでみた。
「『我が村に伝わりし秘術も、黒田家の者のみに独占させておくのは惜しい。ならばいっそ、我が灰村家がそれを真似てしまえば良い。今の状態は灰村家は関わっているだけであるが、中心となれば、村人も灰村の家に文句も云うこともなくなるだろう。そうすればこの状態も脱することができるはずである。そうとなれば話が早い。明日から早速開始するとしよう』……このノートって……」
ケイさんも僕も顔を見合わせていた。
この文章は……おそらくだが……
「……灰村家の当主が書いた物……って感じね」
ケイさんの言う通りで間違いないだろう。
「え……でも、灰村家は八十神語りを真似るって……どういうこと?」
ケイさんは僕の質問に答えず、そのまま頁を捲る。すると、今度は見慣れた文字が僕の目に飛び込んできた。
「ウシロガミ様、カガミ様、ハコガミ様……これって……」
それぞれの八十神語りの神様の項目に細かい解説が書かれている。そして、八十神語りの具体的な話の内容も……
「どうやら……マジで八十神語りを真似ようとしていたみたいね」
「で、でも! 真似るって……真似てどうしようとして……」
僕がそこまで言うとケイさんはジッと僕の方を見ていた。
僕もケイさんの両方の目をジッと見つめる。
「え……ケイさん?」
「そのまま顔を動かないで聞いて。黒須君」
「え……もしかして……」
そして、ケイさんは悲しそうな顔で僕を見る。それから、小さく頷いた。
「いるわ。アイツが」
僕は視線だけを思わず横に動かしてしまった。
ケイさんの言う通り……僕とケイさんのすぐ真横……ほんの数センチの距離に、あの黒い着物の白髪の女性が立っていたのだ。