闇の奥へ
どうやら相当ヤバイ事態だということは理解できた。
このままではおそらく……無事に帰ることは不可能である。
僕はもう一度、玄関の方を見る。
どこまでも続くように見える廊下……直感的に、いくら歩いても玄関にたどり着くことは不可能だと僕は理解した。
「……ケイさん、こっち」
僕はそういって、泣き出しそうなケイさんの手を引く。
「え……ちょ、ちょっと……戻る気なわけ?」
僕が進みだした方向を見て、信じられないという顔でケイさんは僕を見る。
「……それ以外方法がないよ。きっと……この家は僕達を普通に外に出す気はないと思う」
僕がそう言うと、ケイさんも少し考えた後で、目の端に貯まった涙を拭った。
「それは……そうだと思うけど……また、アイツに会ったら……」
「……大丈夫。会っても絶対に目を合わせない……それだけだよ」
むしろ目さえ合わせなければどうにかなることはない……僕はそう確信した。ケイさんも僕が言っていることを理解してくれたらしい。
「……わかった。行こう」
ケイさんと僕は家の奥へと向かいだした。
先ほどまでの異形の存在は……僕には感じられなかった。
あれが人間ではないということは……僕にも理解できた。ただ、見た目は灰村さんに似ていた。
そうなると……灰村さんはどこに行ったのか。まさか、あの異形の存在が灰村さんなのだろうか?
しばらくして僕とケイさんは先程のリビングらしき場所まで戻ってきた。
やはり食卓の上には腐った生ごみが置かれている……ケイさんも僕も思わず中へ踏み込むのをためらった。
「……この奥に……何かあるんじゃないかな?」
僕がそう言うとケイさんは嫌そうな顔で僕を見た。
そして、苦笑いしながら、僕の手のひらをギュッと強く握りしめる。
「……たぶんね。行って、命の保証はないけどね」
ケイさんがそう言っているのは、決して適当ではないということはわかった。
それでも……行かなければこの家からは出られないのだ。
僕はケイさんの手を引いたままで、生ゴミの乗った食卓を通りぬけ、そのまま奥の部屋へ向かった。
リビングより向こうはさらにゴミや埃が山積みになっていた。
人がいた気配なんてない……以前ここへ来た時の記憶は一体なんだったのだろうか。
「あ」
と、ケイさんがいきなり立ち止まった。
「え? 何?」
先程の異形が現れたのかと思ったがそうではないようだった。
「……ここ、書斎だよね?」
ケイさんがそういって指差す部屋は……埃を被った本が大量に置かれていた。
「……で、あれ。明らかに誘っていると思うんだけど」
そのままケイさんが指さしたのは……書斎の机の上に、一冊だけ置かれている薄いノートのようなものだった。