踏む込んではならぬ場所
「……お邪魔します」
入る時、僕は小さな声でそう言った。
家の中は……玄関からして異様な雰囲気だった。
「……灰村さん……いるのかな?」
「いるわよ。私には嫌というほどはっきりわかるわよ」
ケイさんは苛立たしげにそう言った。
僕にはわからないが……なんとなく、この場所が踏み込んではいけない場所だということだけは理解できた。
そんな場所に踏み込んでしまった……俄に後悔の念が押し寄せてきた。
「ちょっと。何ぼんやりしてんの。行くわよ」
「え……あ、ああ。うん」
ケイさんにそう言われて、僕は我に返る。
玄関から先……家の中は信じられない状態だった。
床は足を進める度に酷く軋む……それがまるで人間の悲鳴のように聞こえた。
そもそも家の中は以前訪れた時とは全く違う。全体的に埃っぽいし……人が入れるような場所ではなかった。
「……ここだ」
ケイさんが立ち止まった。僕も同時に立ち止まる。
「え」
僕は思わず声をあげてしまった。
そこは……居間のようだった。古びた机が中央に配置されていて、椅子が4つある。
そして、机の上には……
「……生ゴミ?」
机の上には黒く変色した何かがあった。
それはかすかに匂いを発している。それが皿の上に盛り付けられているのを見て、僕はそれが元々食物であったことを理解した。
「……ここで、アイツは食事してたわよね?」
「え……あ、ああ。そういえば……」
確かにケイさんの言うとおり、ここは以前、灰村家で食事を出された場所だ。
あの時は僕はケイさんも、気味が悪くてほぼ食事に手をつけていない。
「今目の前にあるのは……あの時の食事だと思う」
「え……な、なんでそう思うの?」
僕がそう訊ねると、ケイさんは目の前を指差す。
机の下には箸が転がっている……
「……灰村は食事中にぶっ倒れた……それで箸を取り落としたでしょ?」
「え……そ、それはそうだけど……じゃあ、灰村さんは……」
僕は考えただけでゾッとしてしまった。
あの時灰村さんが食べていたのは……この生ゴミだっていうのか?
「……出るわよ。黒須君」
いきなりケイさんはそう言って、踵を返す。
「え……け、ケイさん? どうして?」
「……無理。こんなの手に負えない。アイツはもう――」
そういって、ケイさんは立ち止まった。僕も動きを止めてしまう。
目の前には……人が立っていた。
おかっぱ頭の白髪に、まるでお葬式の時に女性が着るような黒い着物……それを着た女性がニンマリを笑いながら僕とケイさんを見ていたのである。




