脅威
「それで……一応確認してきたいのですが、今日は白神さんか八十神語りを聞いたのですね?」
通された部屋は、お爺さんの書斎兼客間のようだった。たくさんの本が並んだ本棚に囲まれて、向かい合うように椅子が置かれている。
「え、ええ……聞きました」
「そうですか……それは、ウシロガミ様のお話、ですか?」
「え……あ、そ、そうですけど……」
思わず俺は肯定してしまった。
すると、お爺さんは大きくため息をついてから、黒田さんの方を見る。
「なるほど……そうなんだな、琥珀」
お爺さんは再度確認するかのように黒田さんにそう尋ねた。
黒田さんはまるで怒られてる時の子供のように、悲しそうに小さく頷いた。
「……黒須さん。それで、琥珀……私の孫もその話は聞いたのですね?」
「え……ええ。聞いていました」
僕がそう言うと、お爺さんは黒田さんを見てから優しく話しかける。
「琥珀。私は怒ってなどいない。そもそも、巫女ならば八十神語りを聞いても問題ないと話していたのは私だ」
「え……で、でも、お爺ちゃん……」
「わかっている。お前の様子を見れば、その見立ては間違っていたということも。それにしてもウシロガミ様か……どうやら、八十神語りは私の知っている通りに行われるようだな」
「え……お爺さんは、八十神語りがどのようなものか、ご存知なんですか?」
僕が慌てて尋ねるのと対照的に、お爺さんはゆっくりと頷いた。
「はい。もっとも、詳細は知りません。ですが、八十神語りがどのように進められるか程度は自分も知っています」
「どのように進められるか……八人の神様の話をするんですよね?」
僕がそう尋ねるとお爺さんは小さく頷いた。
「はい。しかし、八十神語りはそんな単純なものではありません。神様の話をするということは……神様を招くということにほかならないのです」
「え……神様を……招く?」
「ええ。琥珀を見てください」
そう言われて、僕は黒田さんを見る。
相変わらず落ち着きなく、黒田さんはしきりに周囲を気にしているようだった。
「琥珀はしきりに辺りを警戒してします。これは、ウシロガミ様をお呼びしたせいなのです」
「え……お呼びしたって……確かにウシロガミ様の話はしましたけど……その程度で神様を呼び出せるものなんですか?」
「はい。八十神語りは本来、神様を招くために行うもの……その点は、お父様か……白神さん本人から聞いていませんか?」
お爺さんにそう言われて、僕は父さんがそんなことを言っていたことを思い出した。
そして、それを行う白神さんが本当の意味での神様の巫女である、という言葉も。
「それじゃあ……黒田さんは……」
「ええ。このままでは、ウシロガミ様に憑かれてしまいます」
「憑かれる、って……ど、どうなっちゃうんですか? 黒田さんは?」
慌てて僕が尋ねると、お爺さんは少し躊躇いがちに顔をそらしてから、今一度僕に顔を向けた。
「最悪……白神さんになってしまいますね」




