不可能でも
「それにしても……よく来てくれたよね」
灰村家のある北地区に向かうまでの間、思わず僕はそう言ってしまった。
「え? 何が?」
ケイさんが怪訝そうに訊ねる。僕も言ってしまってから、なんで今あんなことを言ってしまったのか不思議だった。
「あ……だって、校門の前にはいなかったから……てっきりケイさんは今日は来ないのかと……」
「ああ、なるほど。まぁ、最初から私がいるとアイツが警戒しそうだったからね。少し時間を置いてからやってきたってわけよ」
……確かに、最初からケイさんがいると、琥珀ももっと警戒していたかもしれない。
「……まぁ、でも、あんなことになるんだったら、最初からいた方がよかったかもだけど」
「え……あ、ああ……ごめんなさい……」
ケイさんにそう言われてしまい、僕は何も言えなくなってしまった。
実際、ケイさんがいなかったら危ないところであったわけだし……
「まぁ……アイツももしかすると、もう見境ないのかもしれないね」
「……え?」
僕が訊ね返すと、ケイさんは少し悲しそうな顔をする。
「……アタシはさ、黒須君にアンタの知り合いが帰って来ることを祈っていた方がいいっていったけど……さっきのアイツはマジで黒須君のこと、取り込もうとしてた……もしかすると、もうアイツの中には黒須君の知り合いはいないのかも……」
と、ケイさんは俄にそんな不吉なことを言い出した。僕は途端に不安になってしまう。
「そ、そんな……じゃあ、黒田さんは……」
「……諦めろ、とは言わない。だけど……仮に全て上手く行ったとしても……アンタの知り合いが無傷で返ってくるとは……断言できない」
ケイさんはそう言って、僕に背中を向けて歩きだしてしまった。
黒田さんは……帰ってこないかもしれない……
それは僕にとってあまりにも残酷な宣告だった。
黒田さんが帰ってくるかもしれない……そんな一筋の願いがあるからこそ、今までの恐怖にも耐えてこられたというのに……
それがもし、可能性がゼロだというのなら……僕は……
「黒須君」
と、ケイさんの声で我に返った。
「あ……ごめんなさい」
僕が謝ると、ケイさんは少し困ったように微笑んだ。
「……あんまり落ち込まないでよ。別に帰ってこないなんて言ってないんだし……アタシはさ、あんまり保証がないことを言って安心させるより、現状、そうなってしまうかもしれないってことを言った方が、仮にそうなってしまったとき、ショックが小さいかなぁ、って思ってさ……いや、まぁ、そうなっちゃった時は、たぶんショックだと思うんだけどさ……」
そう言う、ケイさんは少し恥ずかしそうだった。
そうか……ケイさんとしても、僕のことを慮ってそんなことを言ってくれたのか……
僕はおもわず笑顔になってしまった。
「……ケイさん、ありがとう」
僕が御礼を云うと、ケイさんはバツが悪そうに今一度背中を向けた。
「……ほら、灰村の家、行くよ」
そういって、ケイさんは歩き出した。
実際、ケイさんの言うとおりなのかもしれない……
だけど、僕にはどうしても諦めきれなかった。
一度だけでいいから、黒田さんと会って話したい……可能性がゼロだとしてもその気持は変わらないのであった。