実在性
「……終わり、ですか?」
僕がそう訊ねると、琥珀は小さく頷いた。
……なんだか、話というよりも……呪文のような……
「この話が終わっても、不思議なことは起こりませんよ」
琥珀はそう言った。僕は思わずキョトンとしてしまう。
「え……それは……」
「イロガミ様の意味……賢吾はわかっているでしょう?」
そう言うと、今まで座っていた小さな腰掛けから立ち上がり、琥珀は神社の鳥居の向こうを眺める。
「イロガミ様は……この村の至る所にいます。いて当たり前の神様です……皆が忘れているだけ。だから、不思議なことなど起こりません」
「……ねぇ、琥珀。その……黒ってのは……黒田さんのことなの?」
思わず僕は訊ねてしまった。黒と白……そして、他の色。
それはつまり、八十神語りの生贄にかんする話……今、琥珀が僕に話したのはその話の暗喩だったのではないか。
琥珀はこちらに向き、じっとその目で僕を見る。
「……分かっているのではないですか。賢吾は」
「え……ぼ、僕が?」
「ええ。アナタが知っている黒田という少女……その子はどういう目をしていましたか?」
「え……目?」
そう言われて、僕は琥珀の目を見てしまう。
琥珀の目の色は……白く見えた。白い瞳だ……そんなはずはないのに。
でも、その目を見ていて、僕は黒田さんの目を思い出す。
いつも悲しそうな目をしていた黒田さん……黒田さんは、何が悲しかったんだろうか。
それは、やはり八十神語りに関係していたのだろうか、それとも……
「賢吾、アナタは知りませんよね。あの少女のことを」
「え……そ、それは……」
「知らないのに、アナタは、帰ってきてほしいと思っている……おかしな話ではないですか。本当にその少女はいたんですか? それは本当に実在した少女だったんですか?」
琥珀の目を見ていると、段々と辺り一面が白くなってきてしまった。
まるで、ここには僕と琥珀しかいないような感覚……おかしいと思っていても、抗えなかった。
「ですから……もういいのではないですか?」
「……え?」
「……黒田という少女はいなかった。アナタが返ってきてほしいと思う必要もない……ただ、アナタは白く染まっていくことだけを考えればいい……ね?」
僕は琥珀から目を逸らせなかった……まずい……このままでは……本当に琥珀の言う通りになってしまう。
せっかく思い出せたのに、また黒田さんのことを――
「あのさー、何やってんの?」
「へ? 痛っ!」
と、いきなり僕の頭に鈍い一撃が炸裂した。
瞬間、僕の辺りの光景が元に戻る。
「あ……ケイさん」
見ると、目の前にはケイさんが不機嫌そうに立っていた。
「はぁ……心配して来てみれば……やっぱりだめじゃん」
「え……あ、あれ? 琥珀は?」
僕は今一度、琥珀の方に顔を向ける。しかし……
「いない……」
いなかった。琥珀は……やはりいなかった。
「いたよ。さっきまではね。でも、アタシが来たから帰ったの」
そういって、ケイさんは歩き出してしまった。僕は慌ててその後を付いて行く。
「え、えっと……イロガミ様の話は終わったんですけど」
「わかってるって。だから、行くんでしょ」
「え? 行くって……」
僕がそう言うと、ケイさんは小さくため息をついた。
「あの薄気味悪い家……灰村家だよ」