諦め
そして、それから十分後には白神神社に僕と琥珀はやってきていた。
校門に、前と同じようにケイさんが待っていてくれる可能性を期待していたが……今回はいてくれなかった。
あのケイさんのことだ……怖くて来ないということはないだろうが……さすがに琥珀と二人きりは少し居心地が悪かった。
「賢吾。そろそろ、いいですか?」
と、ふいに琥珀がそう云う。僕は思わず驚いて琥珀のことを見てしまう。
「あ……う、うん……いいよ」
正直、良くはなかったが……通らなかればいけない道ならば、さっさと通ってしまったほうがいい。
しかし……琥珀の表情はあまり優れたものではなかった。
僕のことを少し怪訝そうに見ている。
「え……どうしたの? 琥珀」
「……賢吾は、八十神語りが、怖いのですか?」
意外な質問が、琥珀から飛んで来た。僕は思わず言葉を失ってしまう。
「え……怖い……ってわけじゃ……」
しかし、僕の声は明らかに真実を語っていなかった。それは、琥珀も如実に悟ってしまったらしい。
「……いいんですよ。無理をしなくて」
琥珀は小さな子どもに言い聞かせるようにそう言った。僕は何も返事ができなかった。
「あ……ごめん」
思わず謝ってしまう。すると、琥珀はキョトンとした顔で僕を見る。
「なぜ、謝るのです?」
「え……いや、だって……」
……たしかに、なぜ謝っているのかわからなかった。僕はなんだか居心地が悪くなって、琥珀から思わず顔を背けてしまう。
「フフッ……賢吾。何か勘違いしているようですが……別に八十神語りを途中でやめてもいいんですよ?」
「え……そ、そんなこと、できるの?」
琥珀はニコニコと笑いながらそう言う。
「ええ。賢吾が今すぐここで死にたいのなら、私はその通りにしてあげますよ」
まるで大したことでもないかのように、琥珀はそう言った。
……ダメだ。やはり、琥珀は……黒田さんではない。
黒田さんであって、黒田さんではないもの……それが、僕の目の前にいるのだ。
僕は観念して、小さくため息をつく。
「……琥珀。八十神語り、始めてよ」
僕のその言葉が聞けて、琥珀は大層嬉しそうだった。
「はい……では、始めましょう。イロガミ様の話を」