イロガミ様について
暫くの間、僕もケイさんも何も喋らなかった。
青柳老人も、何も喋らない……沈黙だけがその場を支配していた。
「……それで、イロガミ様の話でしたね」
思い出したように老人はそう言った。僕もケイさんも我に返る。
「……ねぇ、お爺さん。そのイロガミ様ってのが、村人だって話なんだけど……それ、灰村家と関係あるんでしょ? 灰村だって、名字に色が入っているんだし」
「あ……それに、僕も聞きたいんですが……白神村の住民は全員色がつく苗字だったって、番田さんが……」
ケイさんと僕は思わず耐えられなくて、ほぼ同時に老人に疑問に思った点を訊ねる。
老人はしばらく黙っていたが、小さく頷いた。
「……イロガミ様は……灰村家が創りだした神様のようなものです」
「灰村家が……創りだした?」
老人は再び頷いた。
「八十神語りは、始まった頃は決まった手順などありませんでした。黒田家のその代の巫女が、伝え聞いた神様の話をするものでした。ですが、灰村家に八十神語りがバレ、死者が出るようになると、話が変わっていき、新たに話が創りだされました。その一つが……イロガミ様なのです」
話が創りだされる……じゃあ、これまで聞いてきた話も、全部は井村家によって創りだされた話なのだろうか?
僕がそう疑問に思っていると、老人は先を続ける。
「八十神語りにより死者が出ることを知った灰村家は……まず、村で生贄になる一族を選びました。その一族とは今の言葉では少し言いにくいのですが……迫害されることが多い一族だったそうです。例えば、収穫の収めが悪いとか……そういう一族は他の村人からも評判は良くなかったので、生贄の役目を担わされることになっても、他の村人は反対はしなかったそうです」
「そ、そんな……」
「ええ。酷い話です。ですが、灰村家もさすがに八十神語りをやめさせることはできませんでした。その頃には既に八十神語りは、村人の心の支えになっていましたし、実際、完遂させた際にはその年は豊作でした。死者が出ることがわかっていてもやめることはできなかったのです」
ここらへんは、父さんの言っていた話と一致する……八十神語りが如何に白神村の人達を縛っていたかが理解できる。
「……つまり、生贄になる役目を担う一族を慰めるために、イロガミ様なんて言葉を使ったわけ?」
ケイさんが厳しい口調でそう訊ねると、老人は小さく頷いた。
「ええ……それが、イロガミ様の正体です。もちろん、白神さんが黒須さんに、どのような形でイロガミ様の話をするかは、私には分かりませんが……」
老人が白神さんの名前を口にした瞬間、僕の脳裏にある疑問が思い浮かんだ。
「……あ。そうだ……じゃあ、白神さんは? 白神さんって……一体なんなんですか?」
そうだ……そもそも、それが問題なのだ。
一体白神さんとはなんなのか。それは、父さんの話でも、今までの八十神語りでも結局わからなかった。
すると、老人はまたしても重苦しい視線で僕を見る。
「……白神さん、ですか。そうですね……この話も……しなければならないのでしょう」
そういって、老人は大きくため息をつき、今一度鋭く僕のことを見た。
「彼女の正体は神様などではない……怨霊……それも、激しい憎悪と愛憎の怨霊と言える存在なのです」