憧憬
そして、いよいよ僕、ケイさん、そして灰村は、テーブルを挟んで食事をすることになった。
さすがは元村長の一族だからか、夕食は肉、魚、野菜……どれをとっても豪華なものだった。
ただ、不安なのは母さんと父さんのことだ。僕が帰らないことで心配しているのじゃないかと、気が気ではない。
「フフッ。大丈夫ですよ、黒須君。既にご両親には連絡しておきました。心配はありません」
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、灰村はそう言ってきた。誰のせいでこうなっているのかと言い返してやりたかったが……やめておいた。
「で、話の続きは?」
ケイさんが苛立たしげにそう言う。灰村は今思い出したかのように小さく頷いた。
「そうですね……まぁ、とにかく、黒須君は八十神語りから逃れられないということです。大体の話は終わりですね」
「……はぁ!? なにそれ……じゃあ、アンタなんかと一緒に食事をする必要なんてないじゃない」
ケイさんがそう怒っても、灰村は笑顔のままである。
「……どうして、我々と一緒に食事を?」
僕はそれとなく灰村に訊ねてみた。すると、灰村は食事をする手を止めて、僕のことを見る。
「……アナタは、白神村がどんな村だったか、知っていますか?」
「え……いや、だって、僕が生まれた頃にはもう白神村は……」
「ええ。私も知りません。ですが……祖父からは教えられていました。あの村がどんなに素晴らしい村だったのかを」
灰村は嬉しそうに目を細める。素晴らしい……僕には意味がわからなかった。
「素晴らしい? ハッ。変な儀式がある変な村が素晴らしいって……良い趣味しているのね」
ケイさんが馬鹿にした調子でそういう。しかし、灰村は話を続ける。
「白神村には……八十神語りがありました。そして、白神さんも。それが、村のアイデンティティでした……だけど、今のこの場所は……ただのクソ田舎です。何もない存在意義のない場所……」
そういって、悲しそうに俯く灰村。
「……ですが、八十神語りは未だにこの場所に残っています。私は見てみたいのです。八十神語りが行われるところを。かつて、祖父が素晴らしいと言っていた村で行われていた儀式を」
灰村はそこまでそう言うと、大きく欠伸をする。
「……なんだか眠くなってきましたね。アナタ達は大丈夫ですか?」
「え、ええ……ケイさんは?」
僕がそう訊ねると、ケイさんももちろんだという感じで頷く。
「そう……ですか……私は……なんだか、すごく……眠くて……」
と、何故か見る見る間に灰村はうつらうつらしている。
「……ちょっと。自分で呼んでおいて、勝手に眠っちゃうなんて、勝手すぎるんじゃない?」
「す……いません……あれ……こんなはず……じゃ……」
と、そこまで言うと、ガタンと音を立てて、灰村は椅子から転げ落ちた。
「え……灰村さん?」
僕とケイさんは思わず立ち上がる。見ると……灰村は完全に床に寝転がったまま、眠ってしまっているようだった。
「……え。どういうこと?」
ケイさんに訊ねてもケイさんもわけがわからないという感じだった。
「ここからの貴方達にする話にとっては、その子は邪魔ですから。少し眠ってもらったのです」
と、不意に声が聞こえてきた。
「え……アナタは……」
そういって現れたのは……先ほど灰村が爺やと呼んでいた人物……不思議な感じの高齢の老人であった。




