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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第一章 ハルモニア王国南部
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六 盗賊の頭

 準備を終えた私とユリアは、森の中に足を踏み入れた。

 辺りはまだ薄暗いが、猫である私の目には眼前に広がる光景がくっきりと見えている。しかし、おそらくユリアにはほとんど見えていないだろう。そのため、地図を見て私が先導することにした。

 歩き続けるうちに少しずつ明るくなってきた。高く茂った樹木の隙間から、朝の光が差し込み始める。そろそろ盗賊どもも起き出す頃だろう。

「急ぐぞ」

「おう」

 私たちは森の奥深くへとずんずん進んでいった。時折地図に書いてある通りの形をした岩や木が目の前に現れ、私たちは今の所正しい道を通っているらしいと少し安堵した。

「地図通りか?」

「ああ、さっき目印の岩があった。間違いない」

「よし、適当な場所を見つけて休憩しよう」

 今は真昼より少し早いぐらいだろうか。この調子なら夕刻には森を抜けられそうだ。

 私たちは大きな木の根元に腰を降ろし、ほっと一息ついた。このまま何事もなく森を抜けられればいいのだが、と思ったが、残念ながら現実はそう甘くないものだ。


 休憩を終え、下草をかき分けながら進む私たちの前にぽっかりとした空き地が現れた。空き地の端から端までおよそ十歩、割と広い。確かに地図通りだ。

 空き地の中央まで進んだとき、奥の茂みから突然一人の男が現れた。

「よう」

 大剣を肩に担いで、男がニヤリと笑う。袖のないシャツから伸びる太い腕、服の上からでもはっきりわかるほどがっしりした体つき。鋭い目をした顔はよく日に焼け、長い髪は無造作に後ろで束ねてある。

「誰だお前は!」

「俺か? 俺はこの辺りを縄張りにしてる盗賊の頭だ。ファルサという。昨日はウチの者が世話になったな」

「ちっ……」

 私は舌打ちした。あの男、あれだけ脅したというのに喋ってしまったのか。

 ユリアが背嚢を降ろし、剣を抜き放つ。男を睨み据え、語気鋭く問いかけた。

「待ち伏せしていたのか?」

「おお、そうだとも。その地図を持ってるんならここを通るに違いないからなあ!」

 男は呵呵大笑した。頭というだけのことはあり、言動には余裕と、そして自負が現れている。

「あの男はどうした」

「ああ、あいつがお前たちの仲間だったとはな! すっかり騙されてたぜ。俺の棚から地図を引っ張り出してどっか行くもんだから、部下に後を尾けさせたんだ。そしたらよ、帰って来た部下があいつはお前らに地図を渡しちまったって言うじゃねえか! まんまと騙されてたぜ! まあバレちまった以上、俺たちは裏切りを許さねえからな。あいつなら今頃怪物の腹の中だろうぜ」

 男はまた大声で笑った。

 どうやら、脅して地図を持って来させた男と私たちが仲間だったと誤解しているらしい。話しても信じないだろうし、困ったことになった。

 頭が「出てこい!」と叫ぶと、剣を持った盗賊たちが周囲の茂みから次々と出てきて私たちを取り囲んだ。二十人といったところか。これを切り抜けるのは至難の技だろう。

 しかしユリアは周囲の盗賊には目もくれず、落ち着いた声で頭に呼びかけた。

「俺たちは昨日、あの男たちに襲われた。返り討ちにして、あいつの命を助ける代わりに地図を持ってこいと命令した。信じちゃもらえないだろうが、それだけだ。今あんたらとやり合う気はない。急ぎの旅の途中でな、仕方なくこの森を抜ける必要があるんだ。どうかこのまま見逃してもらえないか?」

 頭は驚いたように言った。

「おいおい、そりゃあ虫が良すぎるって話だぜ。お前らを見逃して、俺らに何の得がある?」

「お前らが全滅するのを避けられる」

 ユリアがあっさりとそう言ってのけたので、盗賊たちは色めき立った。頭はニヤリと笑うと、盗賊たちに落ち着け落ち着けと指示した。

「面白え……お前みてえな変なガキが俺ら全員より強いってのか」

「たぶんな。ただ、全員斬り殺すにはかなり時間がかかるし、今はその時間が惜しい」

 ユリアはあくまで平然としている。盗賊の頭の顔が、やや引きつった。

「よし、いいだろう。それじゃ、賭けをしようじゃねえか」

「内容は?」

「簡単だ。一対一で俺と闘ってもらおう」

「ほう」

 ユリアにとっては、願ってもない話だ。

「俺が勝ったら?」

「その地図はお前にやろう。そして、お前らが森を抜けるまで俺たちは手を出さねえ」

 ユリアが驚いた顔をした。

「いいのか、そんな約束して」

「ああ、いいとも。なにせ、俺は負けねえからなあ! お前が負けたら……ま、言うまでもないか」

 頭はニヤリとして、大声で周囲の盗賊たちに呼びかけた。

「今言ったこと、聞いてただろうな! お前らは邪魔にならんようにどいてな!」

 盗賊たちは、ニヤニヤしながら空き地の縁に移動した。この頭、かなり信頼されているようだ。

「勝ち負けの基準は?」

 ユリアの問いに、頭は獰猛に嗤って応える。

「片方が死ぬまでだ」

「……いいだろう!」

 ユリアは背嚢を空き地の縁に置いて、中央に戻った。

「おい、その荷物と猫に手を出すんじゃねえぞ! 俺がこいつに負けたら好きにしていいからよ!」

 ユリアが周りの盗賊たちをを見渡して叫ぶと、「うるせえ!」「さっさと殺されちまえ!」などの下品なヤジが飛ぶ。私は「心配するな」とユリアに頷いてみせた。

「よし、やろうか」

 ユリアは剣をしっかりと握り直した。

 相手は盗賊の頭、おそらく昨日瞬殺した三人とは比べものにならないほど強いはずだ。あの大剣を片手で軽々と持っていることから、おそらく相当の膂力を誇るに違いない。

 二人は空き地の中央で、三歩分だけ離れて向き合った。

「なるべく痛くないように殺してやるぜ」

「こっちの台詞だ」

 先に仕掛けたのは、ファルサのほうだった。一歩踏み込むと同時に担いでいた剣を横一文字に薙ぎ払う。地面と平行な斬撃が唸りを上げてユリアの首元に迫った。速い。ユリアはその斬撃を剣の腹で受け止めーーそして剣ごと弾き飛ばされた。重量感のある大剣をあの速さで……なんと重い一撃か。鈍い音が響き渡り、ユリアは真横に弾かれて地面に転がった。すぐに立ち上がったものの、剣を構えなおしたユリアの顔には驚きが浮かんでいた。

「あんた、強いな! 思いっきり吹っ飛ばされたよ」

 ファルサの顔にも、同じように驚きが浮かんでいた。

「お前こそ、あれで首が飛ばねえ奴はそうそういないぜ。なかなかやるじゃねえか……口先だけじゃなかったようだな」

 互いの実力を認め合った二人は、剣先を相手に向けて睨み合った。

「名前を聞いておこうか」

「ユリア」

 答えると同時にユリアが地面を蹴って低い姿勢で飛び出し、足を狙って這うような斬撃を繰り出す。ファルサは飛び上がってそれを軽く躱すと、大剣を真上から振り下ろした。重力も手伝った凄まじい速度の大剣をなんとか横転して掻い潜る。振り下ろされた大剣で地面が割れ、土くれが跳ね上がるのを尻目に、ユリアは心臓めがけて剣を突き入れた。手応えはない。次の瞬間、再びユリアの身体が宙を舞った。体を反らしてユリアの剣を避けると同時に、ファルサは鋭い蹴りを放っていたのだ。

「げうっ」

 後ろに転がったユリアは、腹を押さえて苦悶の表情を浮かべた。ファルサが放った蹴りは、正確にユリアの腹部に突き刺さっていたようだ。ファルサは、ニヤリと笑って言った。

「お前は強いが、まだ実戦が足りてねえみたいだな。試合の動きしかできてねえ。そんな動きじゃ俺には勝てねえよ」

 ユリアは顔を上げると、顔を歪めて笑った。

「それだけは、やってみないとわからないな!」

 ゆらりと立ち上がったユリアは剣を上段に構え、ファルサに肉薄すると飛び上がって左肩目掛けて斜めに斬り下ろす。それは大剣でやすやすと弾かれ、しかし、ユリアはその勢いを利用して空中で半回転すると今度は右肩から袈裟懸けに斬り下ろした。不意を衝かれたファルサは辛うじて半歩下がるのが精一杯だった。躱しきれずに血飛沫が飛ぶ。ファルサの右肩から左脇腹にかけて付いた傷は、致命傷ではないが決して浅くはない。

 固唾を飲んで見守る盗賊たちから狼狽の声が上がる。

「ガタガタぬかすな!」

 ファルサが檄を飛ばした。

「ちょうどいいハンデだ、お前らはおとなしくしてやがれ!」

 ユリアは驚いたように言った。

「ずいぶん余裕じゃないか。頑丈だな」

「そうでもないぜ。こりゃあ痛え。傷が残っちまうじゃねえか」

「俺の腹も痛いから、お互い様ってやつだな」

「まったくだ!」

 ファルサとユリアは闘いの最中であるにも関わらず、和やかに笑い合った。

「……さて、続きをやろうか」

「望むところだ!」

 二人はどちらからともなく打ちかかり、無数の斬撃が交わされて火花が散った。

戦闘シーンに躍動感が出なくて困りますね

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