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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第一章 ハルモニア王国南部
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五 草原の夜

 三ドゥム(一時間半)ほど経ち、昼の日差しが夕日に変わり始める頃、森の奥に人影が見えた。徐々に大きくなるその人影は、おそらく先刻脅しつけた男だ……仲間を連れていなければいいのだが。

 男が私たちに気づいて、駆け寄ってきた。手に一枚の羊皮紙を持っている。

「あ、ありました……これが地図です」

「止まれ!」

 ユリアが叫んだ。男がビクッとして立ち止まる。

「仲間に報告したか」

「し、していません!」

「本当か」

「本当です!」

「よし、それを渡せ。変な動きをしたら首を刎ねるぞ」

 男は恐る恐るユリアに近づくと、折り畳まれたそれを差し出した。ユリアはそれを受け取ると、開いてざっと眺める。

「どうやら本物のようだな」

 ユリアが私をチラリと見た。私は、できるだけ重々しく聞こえるように言った。

「いいだろう、お前は逃がしてやる。ただし、このことを仲間に言ったら、お前の命はないものと思え。私はいつでもお前を見ているからな。では、とっとと失せろ」

 その言葉を今か今かと待っていたのだろう、男はそれを聞くや否や全力で森のほうへ駆け出した。

 男の姿が見えなくなってから、ユリアは私に聞いた。

「あいつ逃がしてよかったのか?」

「うむ、あれだけ脅せば他の奴には喋らないだろう。それにあいつが喋ったら、頭の地図を盗んだということで制裁を加えられるだろうから……まあ、私の脅しは完全なハッタリというわけでもないしな」

「そうだな、確かにそうだ」

 ユリアは地面に地図を広げた。目印になる岩や木が書き込んであり、とてもわかりやすい。

「これなら楽に抜けられそうだな」

「ああ」

「じゃ、早速森に入るか」

「馬鹿、」私はユリアの頭をぺちんと叩いた。

「もう夕方だぞ。今から森に入ればあっという間に夜になる。怪物が出るという夜の森を抜けるつもりか」

「……それもそうだな」

「今日はどこかで寝て、明日の朝出発だ。そうすれば明るいうちに森を抜けられるだろう」

「わかった」

「では、少し早いが夕食にしようではないか」

「ええっ? さっき食べただろ! 日が沈んでからでよくないか」

 私は呆れた。

「まったく、少しは頭を使え! 夜に焚き火を熾してみろ、ここにいますと盗賊に知らしめているようなものではないか。さっきとは別の盗賊が寝込みを襲いに来るかもしれんのだぞ。お前だって無敵ではないのだ。無用な闘いはできるだけ避けたほうがいいだろう。違うか?」

 ユリアは頭を掻いた。

「……そうだな」

「わかったなら夕食と寝床の準備だ、ほれほれ」

 私とユリアは、手頃な木を探した。さすがに草原のど真ん中に大の字になって寝るわけにもいかない。幸い、大きめのいい木がすぐに見つかった。ユリアは背嚢を背中から降ろし、木の根元にどっかりと腰を下ろした。背嚢からパンと干し肉を取り出し、ちぎって食べ始める。

 私は草原を走り回り、雀を一匹捕まえた。今日の夕食はこれでいいだろう。口に咥えてユリアのもとへ駆け戻った。

「見ろユリア、雀を捕まえたぞ」

「俺に見せるな、食事中だ」

「失敬な、私のこれが食事ではないとでも言うつもりか」

「わかったから俺に見えないところで食ってくれ」

 ユリアはしっしっと追い払うように手を振った。なんという扱いのひどさだろうか。私がいなければユリアは今頃森の中で怪物に襲われていたにちがいないのに。私は激しく憤り、毛を逆立てた。


 やがて日が沈み、夜が来た。明日の朝早くに自然と目が覚めるように、私たちは早めに眠りに就くことにした。

 森のほうから、時折何かの叫び声が聞こえて来る。それは断末魔のようであり、怨嗟の叫びのようであり、喜びに満ち溢れた雄叫びのようでもあった。あるいは、これらすべてか。

「あれが化物とやらの叫び声か」

「たぶんな……夜に森に入っていたらと思うとぞっとするぜ」

 私はフンと鼻を鳴らした。先程は入ろうとしていたではないか、と言いかけたが、無用な争いはできるだけ避けたほうがいい。自分で言ったことは実践せねばならん。

 日中はまだまだ暑いが、朝晩は冷え込む。ユリアは背嚢から毛布を取り出して、体にしっかりと巻きつけた。私は木を駆け上り、太めの枝の上に体を横たえる。

「ノックス、寒くないか?」

「私なら大丈夫だ。木肌というのはじんわり温かいものでな、まあ冬になるとさすがにきついが、今ぐらいの時期なら問題なく眠れる」

「そうか、じゃあおやすみ」

「うむ」

 私は目を閉じ、やがてうとうととまどろみ始めた。


 眠りが深くなった頃、忘れていた記憶がぼんやりと浮かび上がってくるーー暗い部屋。窓はなく、光源は壁の松明と机の蝋燭のみ。炎が揺れると壁に映し出された影も踊る。壁の棚には何かの薬瓶がずらりと並び、机の上には不思議な動物の剥製や頭蓋骨が所狭しと置かれている。床に描いてあるのはいくつもの直線や円を組み合わせた図形だ。私は誰だ……ここは、どこだ……。ここは、誰かの部屋か。いや違う、ここは、私の部屋だ。記憶がはっきりと色づいてくる。そうだ。私はここにいた。なぜだ。私は何をしている。何をしていた。待て、誰だ。私は何者だ。私は誰だ。そうだ、私の名はーー。

 

 私は飛び起きた。ズキズキと頭が痛む。

 何か大事なことを忘れてしまっている気がして、私は首を振った。たまに、こういうことがある。変な夢でも見たのだろうか、起きたときには決まって胸を掻き毟られるような気持ちになるのだ。起きたあとも夢の内容は忘れずにいられたらいいのに、と私は思った。

 大きく伸びをして、空を見る。まだ空は暗いが、何かがピンと張り詰めたような明け方の空気が漂っている。朝の四時か五時というところだろう。

 私は毛づくろいをして、木から飛び降りた。

「ユリア、起きてるか」

「ああ」と、まだほんの少し眠そうな声が応える。

「準備しろ。日の出と同時に、森へ入るぞ」

どのようなストーリーになるのか、自分でも戦々恐々としながら書いています

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