十 腹案
「こっちだ」
ロンブスを案内して、部下の男は地下に降りていった。
廊下を進み、突き当りの部屋の扉を開ける。
中には男が一人、監視役として突っ立っていた。
そしてその後ろに、縛られた子供たちが床に転がされている。
「パーニス!」
息子の名前を叫んだロンブスが部屋の中に駆け込もうとするが、部下の男は剣を抜き放ってそれを止めた。
「一目会うだけ、と言ったはずだ」
「お父さん、助けて! お父さん!」
「ロンブスさん!」
「助けてよう!」
縛られて転がされた子供たちからほとばしる声。
「静かにしろ、ガキども!」
見張り役の部下が怒鳴った。
「待ってろ、今助けるからな!」
そう言ってロンブスは部下の男と向き合い、にらみつける。
「逆らうなら斬るぞ」
脅すように言う男に対して、ロンブスはニヤリと笑った。
「私は何にもしませんよ、私はね」
服をがばっと捲り上げる。
たぷたぷに見えた腹は、不自然なほど膨らんだ腹巻きによるものだった。
「騙されましたね? これが本当の『腹案』さ……わたしゃあ痩せてんだ!」
腹巻きの下から飛び出した一匹の猫が、男に走り寄って膝を蹴り飛ばす。
ごきり、と音がして膝が反対方向に折れ曲がり、男の喉から苦鳴がほとばしった。
「おい、てめえ……」
見張り役の男が慌てて剣を抜こうとするが、黒猫は尋常ならざる速さで男の喉に飛びかかった。見張り役が剣を抜き放つよりも速く、黒猫の蹴りが喉を抉る。
短い足から放たれたそれは、不自然なほどの威力で男を吹き飛ばした。
男が壁にぶつかってずるずると崩れ落ち、衝撃で棚の上の花瓶が落ちて大きな音が響き渡る。
「さすがノックスさん!」
ロンブスがそう叫び、今度こそ子供たちのもとへ駆け寄った。
「大丈夫か? 今解くからな!」
全員の縄を解くと、ロンブスはノックスに向かって頷いてみせた。
あとはロンブスに任せ、私は軽快に階段を登っていく。
上から誰かが倒れる音が合計九回して、静かになった。
何が起こったかは、見ずともわかる。私はユリアとメルゴーがいるであろう居間には戻らず、扉をくぐって家の外に走り出した。
北王都街道の遠くのほうを眺めると、なんだか土煙が立っている。おそらく、あの呪術師が送ってよこした兵が迫ってきているのだろう。
このときのため、ユリアやメルゴーに手伝ってもらいつつ昨日の夜に準備した石の山……あれにもう少し手を加える必要がある。
まったく、素晴らしい完成度の術だ。過去の自分は素晴らしい術を発明していたのだな、となんだか誇らしくなった。
積み上げられた石の前で立ち止まる。
「さあ、仕上げだ」
石に墨で描いた呪印と術式の複合印……呪術と錬金術の融合。
「Piedra Modiva Insertar Vital 」
私の呪文に従い、石ががたがたと揺れ始た。ばらばらだった石がくっつき合い、一つになり、やがて明確な形を成していき……。
「いい出来じゃないか」
私はほくそ笑んだ。
「だいたい、お前が本当に兵長なのか?」
胡乱げに見つめるユリアに対し、レギオニスは唾を飛ばしながらわめき散らした。
「何を言うか! 私は兵長だ!」
「お粗末すぎるんだよ」
メルゴーが呆れたように肩をすくめる。
「そもそも男二人と猫一匹を始末しろって言われてたんじゃないのか? それなのに、猫がいないことに言及もしなかっただろう。だいたい俺ら二人でメモリアの兵を潰したって聞いて、どうしてたった十人かそこらの部下で勝てると思ったんだ?」
「ぐ……う……うるさい! 私の作戦が失敗するはずがないのだ、これは弱すぎるこの部下たちのせいだ! 今に見ていろ、私の兵がそろそろ到着する頃だ。数の暴力で捻り潰されるがいい」
「上が無能だと下がかわいそうだ」
ぼそりと呟いたユリアの言葉に、メルゴーも頷いた。
「上司が立てた作戦の不出来のせいで失敗したのに責任押し付けられちゃ、部下だって浮かばれねえぜ」
憤激のあまり、レギオニスは目を白黒させた。
口をぱくぱく動かすが、言葉も出ないらしい。
そのとき、「騒がしいですな」と二階から男が降りてきた。どことなく気弱そうな風貌だ。
「いったい何事です……うひぇっ?」
ごろごろと転がって床に倒れている男たちを見て、男は飛び退いて尻餅をつく。どうやら見た目通りの性格らしい。
「いいいったい何が……うぎゃっ」
レギオニスがパッと剣を抜いて、男の喉元に突きつけた。
「これで形勢逆転だな! この男を殺されたくなければお前ら二人ともそこでおとなしくしてろ!」
目を血走らせて叫ぶレギオニスと、がたがた震えだす男。
「そもそもそいつは誰だ」
のんきに尋ねるメルゴーに、レギオニスは怒鳴り散らした。
「町長だ! この町の町長だ! 見殺しにするんじゃないぞ! 重要な役職だ!」
もはや自分が何を言っているのかさえわかっていないようだ。
ユリアがまじめくさった顔で、沈痛そうに言う。
「あー……町長さん、あんたには悪いけど、命をかけて町を守るのが町長の役目だと思う。どうかこの町の平和のために犠牲になってくれ」
「そ、そんな……」
目に涙を浮かべ、町長はがくりとうなだれた。
「見殺しにするのか! この外道!」
レギオニスが身体をぶるぶる震わせながら怒鳴る。手元が狂い、町長の首に一筋の傷が付いた。
「それをお前が言うか。なあメルゴーさん、そろそろ見るに堪えなくなってきた」
「俺もだ、ちょっと黙らせるか」
メルゴーは首飾りから飾りの部分の球体を外した。
「おい、変な真似をしたらこいつの首が」
思い切り投げつけたその球体がレギオニスの喉にぶつかり、ゲギョッという嫌な音が響いた。
言おうとした台詞さえ最後まで言わせてもらえず、レギオニスは仰向けにどさっと倒れて悶え苦しむ。
解放された町長は数歩這いずってレギオニスから離れ、その場でへたり込んだ。
「なんつーか……哀れな奴だな」
ユリアが嘆息した。
「人の上に立つって難しいのさ……そして、人の上に立つに値する奴を選び出すのはもっと難しい。適材適所って言うがな、これほど難しいこともそうそうないぜ。とはいえ選ばれる奴は何かしら選ばれる理由があるからな、なんとか組織は回っていくんだが……まあ大人になったらわかるさ」
メルゴーがユリアに大人の貫禄を見せつける。
「なるほどな……あ、来た」
ユリアが指差した窓の向こうには、荷馬車が十台以上連なって停まっていた。
レガリア兵の到着だ。
そこからぞろぞろと降りてくる武装した男、男、男。
「団体様のご到着だ」
「なあ、これ見せたら引き下がってくれるかどうかやってみようぜ」
メルゴーが倒れているレギオニスの足をずりずりと引きずり始めた。
「ほれユリア、手伝え」
「おかしいな……レギオニス様がいない」
「もうこの町に着いているはずなのに」
レガリア兵たちは不安げに囁き合う。
そのとき……。
「あっ! レギオニス様!」
一人が指差した方向に全員が振り向くと、そこには。
レギオニスが足を持たれた状態で逆さまに屋敷の窓から吊るされていた。
「レギオニス様が! なんというお姿に……!」
「誰だ! 誰があんなことを!」
「俺だ!」
その声は兵士たちの頭上に朗々と響き渡った。
「お前らの兵長はこの通り! 抵抗するならこれと同じ状態にするぞ! しかも半裸で!」
窓から顔を出し、メルゴーが怒鳴る。
「あと、お前らが反抗的だったら、俺の手が『滑る』ぞ!」
後ろでユリアが「メルゴーさん、なんか楽しんでるな……」と呟く。
逆さ吊りにされて顔を真っ赤にするレギオニスに、メルゴーは囁きかけた。
「ほれ、兵を引かせろ。そしたら下ろしてやるよ」
それを聞いたレギオニスは、必死の形相で叫んだ。
「いいかお前ら! この二人をぶち殺せ! 私のことは気にしなくていい! 最後の一兵まで戦い抜き、こいつらを粉々にしてしまえ!」
うおおおおっと歓声が上がり、兵たちが屋敷の中になだれ込んでくる。
メルゴーもユリアも驚いた。
「こいつ、案外骨があるぞ」
「部下の心を掴むのが上手かったから兵長になれたんだな……」
「あ、手が滑った」
メルゴーが『ついうっかり』手を離してしまい、レギオニスが悲鳴の糸をひいて落下していく。
地面に落ちてぴくぴくと動いているレギオニスに、兵士たちが慌てて駆け寄っていった。
屋敷の中に半分以上がなだれ込んできたが、外にもまだ大量に兵が残っている。
「さて、屋敷の中に誘い込んだぶんは俺らの仕事だぜ。外にいる奴らはあいつに任せた」
「おう。ノックスなら問題ないさ」
ユリアはレギオニスのものだった剣を拾って構え、メルゴーは首飾りを一本手に持った。
「さあ、派手に行こうぜ」
「なんだあれは!」
「人? いや、人形だ!」
「なんで動いてるんだ? おい、近づいてくるぞ!」
「うわああ!」
外で待機しているレガリア兵たちが見たものは……ずしりずしりと歩いてくる、石でできた人形たち。
人間よりも少し大きいぐらいのそれが、合計で六体、ゆっくりと彼らのほうに歩いてくる。
何かを囲むように、六角形になって進んでくる人形たち。
その中心には、一匹の黒猫がいた。
ノックスが思い出した術、それは錬金術で石を使って人形を形作ったあと、呪術でそれに決まった動きをするような命令式を組み込むというもの。
この複合術にノックスが仕込んだ命令は、「自分の近くで動くものに殴りかかる」というもの。
当然、石人形どうしやノックスは殴らないようにしてある。それにこれなら、無闇に殺さなくて済む。まあ当たりどころが悪かったらその限りではないが……。
「さあ、さっさと終わらせて王都に向かうぞ」
ノックスは牙を剥いた。
ゴーレムですね




