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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第四章 北王都街道・前半
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九 奪還作戦

 明日の朝に備え、いろいろと準備が必要だった。

 夜になってから、人に見られないようにこっそりと、大きめの石を拾ってきては積み上げていく。石畳の上にこんもりと石が山になっていった。

「なあ、こんなのでいいのか?」

「ああ。それをたくさん積み上げておいてくれ」

 ユリアとメルゴーとロンブスに手伝ってもらい、なんとか人間二人分ほどの高さに積み上げることができた。

「いやあ、壮観壮観」

「ありがとう、あとは私の仕事だ。明日の手筈は先程話した通り。ロンブスどの、ぬかるなよ」

 ロンブスがぐっと頷く。

「ええ、頑張ってみせます」

 私は爪に墨を付け、石の一つに呪印を書き込み始めた。



 ソロルの町、町長宅。

「レギオニス様、お茶などいかがでしょう?」

 メルギトゥール商会のレガリア兵長レギオニスは、びくびくしながら話しかけてくる町長に向かって手をひらひらと振った。

「いや、必要ない」

 たった二人と一匹を始末するために商会の兵力のおよそ半数を投入せよ……最初に聞いたときは会長の頭がイカれたのかと思ったが、メモリアの兵たちを潰したのがそいつらだというならば話は別だ。

 おそらく腕に覚えのある奴らだと考えて間違いないだろう。

 そこでレギオニスは十一人の部下を連れて馬を走らせ、先にソロルの町に乗り込んだ。

 通りで遊んでいた子供を捕まえて縛り上げ、町長を脅して町の住民を集合させる。そして、子供たちの命と引き換えに、標的を見つけたら捕らえて連れてくるよう命じる。

 こうすれば、うまくいけば兵の到着を待たずに標的を始末できる。

(無駄に兵を消耗させることもあるまい。この町の住民で片が付くのならそのほうがいい)

 町の住民が失敗しても、明日の朝にはレガリアからの兵たちが到着する。かなり急がせているため、メモリアからの兵が到着するより早く着くだろう。

(我が兵たちがいれば、たかが二人、捻り潰してしまえるわ……メモリア兵なんぞに手柄を取られるわけにはいかんからな。ヌービルムが役に立たない山猿を率いてやってきた頃には全て終わっていよう。せいぜい悔しがるがいい)

 レギオニスは薄く微笑んだ。

 レガリア兵長とメモリア兵長の不仲は、商会の中では知らぬ者のないほどであった。



 フェルム河の手前。

「ヌービルム様!」

「何だ」

 やや背が低い、短槍を担いだ男が答える。

 メルウギトゥール商会のメモリア兵長であり、以前ノックスに気絶させられた男だ。

「もう少し急がなくてよろしいのですか?」

「ああ……うーん」

 ヌービルムは考え込んだ。

 あの喋る猫とあと二人、始末してこいとの命令が出た。それからすぐに兵をかき集め、メモリアを出発したはいいが、どうにも腑に落ちない。

「多すぎなんだよなあ……」

「何がですか?」

「兵の数だよ。たかが二人と一匹にこれだけの兵力を投入するなんて、普通は考えられねえことだ。しかも、ちょっと盗み聞きしたんだが、レガリアからも二百、兵が来るらしい」

 うげっ、と若い兵が顔をしかめる。

 レガリア兵は山脈に近いメモリアの兵を「山猿」と呼んで馬鹿にするため、レガリア兵とメモリア兵の仲は大変悪かった。

「それは多いですねえ」

「つまり、今回の標的がそれだけ危険ってことだ。それならな、もういっそのことのんびりゆっくり行ってしまおうかと思ってな……これ以上うちの兵から人死にを出すこたねえや」

 ヌービルムは、レギオニスの顔を思い浮かべた。

 自分で自分のことを「策士」と呼び、チンケな作戦を立てては悦に入る男……。ヌービルムは、失敗は部下のせいにするくせに、成功すれば自分の手柄だと吹聴するレギオニスが大嫌いだった。

「たまにはレガリア兵にも働いてもらわないとな」

 そうだそうだ、と兵たちが同意する。

「ってことで休憩だ。野郎ども、飯の準備しな!」

 ことさらのんびりと、メモリア兵はソロルの町に向かって進んでいた。



 そして、次の日の朝。

 ロンブスはユリアとメルゴーを後ろ手に縛り上げ、町長宅に引き立てていった。

「町長様! 連れてきました!」

 玄関口でそう叫ぶと、扉がゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは、高価そうなコートに身を包んだレギオニス。

「そいつらか」

「はい」

「中に入れ」

 ロンブスが中に入り、その縄に引っ張られるようにしてユリアとメルゴーも中に入る。

 居間で立ち止まったレギオニスに向かって、太った腹を揺らしつつロンブスが訴えた。

「約束通り、連れてきました! だから、子供たちを返してください!」

「いや、まだだ。こいつらの首を刎ねた後で解放する」

 冷たく言うレギオニスだったが、ロンブスはめげなかった。

「では、一目だけでも! どうか会わせてください! 私の息子もいるんです」

「……よかろう。ただし、一目だけだぞ」

「ありがとうございます!」

 ロンブスは平伏した。

「おい、案内してやれ」

 部下の一人が立ち上がり、付いてこいというように顎をしゃくった。

 慌ててそちらに駆けていくロンブス。せり出した腹を揺らしながらおたおたと駆けていく姿に、他の部下たちが冷笑する。

 ロンブスと部下の一人は地下に降りていく。どうやら子供たちは地下に幽閉されているらしい。

 レギオニスはそれを一瞥すると、縛られたユリアとメルゴーに向き直った。

「さて、メモリア兵を潰走させたというのはお前らで間違いないか?」

「兵にしちゃ弱すぎたな」

「寄せ集めの間違いだろ」

 ユリアとメルゴーが平然と言ってのける。しかしレギオニスは怒ったそぶりも見せず、それどころかくっくっと笑い始めた。

「そうだろう、メモリアの山猿どもと我らレガリア兵を一緒にされては困る」

「あ? 何が違うんだ?」

 メルゴーの問いにレギオニスは踏ん反り返って答える。

「我らは有事の際に本部を守ることができるよう、厳選された人材で構成されている。一人一人が手練れであり、あのならず者の寄せ集めとは全く違うのだよ」

「へえ……」

 ユリアの気の抜けた返事。

(自分で自分のことを手練れだと言う奴に限って大したことはないんだよなあ)

 そんなことを考えていたユリアは、それがはっきりと顔に出ていたようだ。

「おい貴様、何がおかしい!」

「お前の顔」

 ユリアの答えにメルゴーが吹き出した。

 レギオニスが額に青筋を立ててギリギリと歯を食い縛る。

「今から殺されるというのに、随分と余裕じゃないか? いかに強かろうと、縛られた状態では何もできまい。命乞いをしなくていいのか?」

 見下ろす二人の顔には、明らかに恐怖や緊張といった感情が欠けている。そのことに、レギオニスは例えようもない不安を抱いていた。

 まるで、自室でくつろいでいるような……。

「おいユリア、命乞いだってよ。どうする?」

「俺はしないよ。メルゴーさんは?」

「するわけねえだろ」

 レギオニスの顔が、怒りで赤を通り越して青くなり始めた。

「なるほど、よくわかった。おい、こいつらの首を刎ねろ! いや待て、まだ刎ねるな。まずは足の先から輪切りにしていけ。私を馬鹿にした報いを受けてもらう」

 命令を受け、部下が二人立ち上がった。

 近づいてくるレギオニスの部下たちを見て、ユリアとメルゴーが突然笑い出す。

 ついにレギオニスが怒鳴った。

「どこまでも馬鹿にしおって! 抵抗できないまま切り刻まれる恐怖を味わえ!」

「抵抗できないだってよ」

「まあ、縛られてたらできんだろうな」

 相変わらずのんきな二人。

 そのとき、地下から物音が響いてきた。

 悲鳴、地響き、何かが割れる音。

 それを聞く二人の顔の笑みが深くなった。

「本当に縛られてたら、な」

 ユリアとメルゴーは手のひらの中に隠していた縄の先端をぎゅっと引いた。

 はらりと縄が解け、二人の足元に落ちる。

「やれやれ、縛られ慣れてないから肩が凝るぜ」

「ノックスはうまくやってくれたみたいだな、俺たちもやっと本領発揮だ」

 ユリアとメルゴーは、腕をぶんぶん回したり伸びをしたりしてから、呆然とするレギオニスに向かってニヤリと笑いかけた。

「騙してすまなかったな」

「……ほざけ! 精鋭中の精鋭を集めた我が部下九人にたった二人で敵うものか!」

 一斉に剣を抜き、二人を取り囲む部下たち。

「いいかユリア、二つ教えよう。大勢を相手にするときは、殺さないほうが効率がいい。なぜなら、負傷した奴の手当てだの何だのに人員を割かせることができるからだ。そして、一度に二人以上を相手どらないこと。一人ずつのほうが結局早い」

「なるほど! 勉強になった」

 突然始まった講釈に構わず、レギオニスが叫ぶ。

「やってしまえ!」

 部下たちが一斉に襲いかかろうとした瞬間、ユリアとメルゴーは示し合わせたように目の前の相手に襲い掛かった。

 メルゴーの首飾りが唸りを上げて振り回され、一人がこめかみを、もう一人が顎の下を打たれてその場に崩れ落ちる。

 まず二人。

 ユリアの蹴りが水月に直撃し、うずくまろうとしたその男をユリアは思い切り横に蹴飛ばす。横で剣を振り上げていた男の足に絡みつくような形になり、体勢を崩した横の男は後ろに回ったユリアの拳によって股間を強打され、悶絶した。

 これで四人。

 別の男がユリアめがけて剣を振ったが、それはメルゴーの首飾りによって絡め取られてしまう。メルゴーは剣が絡んだままの首飾りを勢い良く振り、一人の足の甲を地面に縫いとめた。激痛に声を上げる男の横では、別の男がユリアの回し蹴りを喰らって顔面から血を吹き上げながら仰向けに倒れるところだった。

 足を縫いとめられた男もすぐさま首を手刀で打たれ、がくりと崩れ落ちる。

 六人。

 剣を失った男は床に落ちていた剣を拾おうとするが、屈んだ瞬間にメルゴーの硬い靴による踵落としを受けて無言でつんのめって倒れた。

 別の男がユリアに剣を突き出すが、ユリアは首をすくめてひょいっと躱し、すれ違いざまに男の腕をとって足を払う。

 空中で一回転。顔面から床に叩きつけられた男はピクリとも動かない。

 そして八人。

 最後の一人が恐怖のあまり闇雲に剣を振り回し始めた。

「やれやれ」

 ユリアは剣を拾い、正面から打ちかかる。

 振り回される剣を一撃で弾き上げ、二撃目で手から弾き飛ばす。そのまま、剣の握りの部分で男の眉間を打ち据えた。

 後ろに吹き飛んで倒れる男は、すでに白目を剥いている。

 九人。

「随分と実戦経験のない精鋭なんだな」

 死屍累々。

 驚きのあまり言葉を失っているレギオニスに向かって、ユリアは平然と言い放った。

レポートと同時並行で進めようと思いつつ、こっちを優先してしまう…

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