八 静かな町
河を渡り終えた私たちは、非常に順調に走り続けていた。
「このぶんだと、明日の昼にはソロルの町に着けそうだ」
メルゴーが叫ぶと、ユリアも叫び返す。
「いいな、この調子でどんどん飛ばそう。な、オルニット、まだいけるだろ?」
鼻息荒く、オルニットはぐいっと速度を上げてみせた。
まだまだ楽勝です、とでも言いたいのだろうか。
「いけるってよ」
ユリアはニヤリと笑うと、手綱を操って速度を上げた。
舗装された街道を、ひた走ってゆく。
天気もよく、私たちは北へ北へと順調に進んでいった。
日が沈む頃、近くに宿も見当たらなかったため、私たちは野宿を決意した。
「なあ、寝てるときに襲われたらどうすんだ」
「なんだメルゴーさん、野宿したことないのか?」
ユリアがからかうと、メルゴーは「悪いかよ」と膨れた。
「むしろお前はあるのかよ」
「ああ、もちろん。ベッドのほうが快適なのは間違いないけど、まあ悪くないもんだぜ」
「マジかよ」
「私が呪文をかけておく。誰かが近づいたら一発でわかるから安心するがいい」
私の言葉に、メルゴーは頷いた。
「それなら大丈夫だな」
ユリアはオルニットの首を巡らせる。
「でかい木の根元を探すんだ。天気が崩れてるときは雷が落ちるから避けたほうがいいけど、今日は晴れてたから問題ない」
「あ、あそこにあるぜ」
私たちは大きな木の根元に寄り、木の枝に馬を繋いだ。
ユリアが背嚢から毛布を取り出す。
「今寝れば早朝には目が覚めるはずだし、明日は朝早く出発しよう。さっさとソロルに辿り着きたいな……なあ、おれはソロルに行ったことないんだけど、どんなとこなんだ?」
メルゴーが毛布にくるまりながら答える。
「北部じゃ割と大きいほうの町だな。交通の要所にあるから宿屋だの馬屋だのが多くて、だから意外に住人は少ないんだ。でも活気があって楽しいとこだぜ」
「へえ、それなら明日はソロルに泊まるか?」
「俺のオススメの宿屋がある。そこに行こうぜ」
「そりゃ楽しみだ」
二人の会話を聞きながら私は木の上に登り、感知呪文をかけた。
「これで誰かが近づいたらすぐわかる。安心して寝ろ」
「便利な猫だなあ」
「ああ、ノックスはすごいんだ。ただの黒猫じゃないぜ」
私は胸を張った。
「当たり前だ」
翌日の昼頃、私たちはソロルの町に到着した。
「なんつーか……活気がないな」
ユリアがぼそりと呟く。
幅の広い北王都街道が町の中心に向かってまっすぐ伸びていき、そして中心部の広場でかくんと左に折れている。
山脈から離れているので化物の心配をしなくて済むのだろう、町は石壁に囲まれてはいない。両側には宿屋や酒場が立ち並んでいる。
そして奇妙なことに、通行人がほとんどいない。
「あれ? こんな町じゃなかったはずだけどな」
メルゴーが首を捻った。
「もっとわいわいしてたんだが……何かあったか」
その答えは、ほどなく見つかった。
ギャアギャアと鳴き交わす鴉たちが、私たちが近づくと一斉に飛び立つ。
町の中心部、広場の片隅にある石像。ハルモニア王国の初代国王テラ=メリタ1世、その堂々たる立ち姿の像の前に、一人の男が倒れていた。
頭部はない。
飛び散った血が、そこで男の頭が切られたことを示していた。
そして、石像の足の部分……王の爪先にキスをするような形で、男の頭部が置かれていた。
「悪趣味だなあ」
思わず漏らしたユリアの呟きに、メルゴーが同意するように唸った。
「なんだ、ありゃ」
死んでから数時間というところか。男の死体から腐臭は感じられないものの、上空では鴉が獲物を横取りされた、とでも言いたげに泣き喚いていた。
「普通は町の人々がどうにかするだろ。なんでほったらかされてるんだ? そもそも、なんで誰もいないんだ?」
そのとき、後ろから靴音が響いてきた。
振り返ると、一人の男が走ってくるのが見えた。短髪でやや背が低く、どこか気弱な印象を受ける。その男は私たちの前で立ち止まると、深く頭を下げる。
「すみません、何も聞かずに私に付いてきてください」
そう言って、男は頭を下げたままの姿勢で私たちの返答を待っている。
何者だ?
まず名乗れ、と言いたかったが、私は不用意に口を開けない。
「わかった。でも念のため、こうさせてもらうぞ」
ユリアがオルニットから降り、カトラスを抜いて男に突きつけた。
「それで結構です、ではどうぞこちらへ」
男は当てられた剣に少し怯えた素振りを見せながらも、しゃんと背筋を伸ばして歩き出した。
通りに立ち並ぶ宿屋の一つ、その前で立ち止まる。
「馬は裏側に繋いでおいてください。中でお待ちしています」
そう言ってすたすたと中に入っていってしまった。
裏側にまわると、厩舎があった。そこにオルニットの手綱を結びながら、ユリアが唸る。
「怪しいような怪しくないような」
メルゴーも同調する。
「目的が見えんな」
オルニットも難しそうな顔をしてブルルッと鼻から息を吐いた。
「とりあえず行ってみるか、メルゴーさんも用意しとけよ」
「おう」
メルゴーは首飾りを一本外し、手に持った。
そのまま表にまわり、中に入る。
「ようこそ、私の宿屋《海牛の寝床》へ。私はロンブスと申します」
男は小声で名乗った。
「なぜここに連れてきたか、そして外の死体は何なのか、お話し致します……ですが、話す前に約束していただきたいことが一つ。どうか、私の息子を救ってください」
再び頭を下げるロンブスに、メルゴーが冷たい声を浴びせる。
「事情によっては救ってやってもいい。だが、まず話せ。まだお前を信用したわけじゃない」
「それもそうですね。では、始めます」
ロンブスは立ち上がり、宿屋の玄関扉を閉ざした。
「この町を治める町長のティグリスという男は、とある組織と深い繋がりを持っています。メルギトゥール商会という組織、ご存知でしょうか……?」
私たちは顔を見合わせた。
どうしてその名前がここで出てくる?
「町長がその商会と癒着している……これは周知の事実です。しかし、今まではそれによって実害を被ることはなかった。商会は武器を豊富に取り扱っていて、特に後ろ暗い組織というわけでもなさそうでしたから。しかし、今日の朝、状況が一変しました」
ロンブスは話し続ける。
「まず、鐘が鳴りました。滅多に鳴らないはずの鐘は、集合の合図です。私たちは訝しく思いながらも広場に集まりました。そこにいたのは町長と、もう一人、見知らぬ男です。そいつは私たちに、無茶な要求をしてきました。『私は商会の者だ。とある二人組がこの町を通りかかるだろう。そいつらを私の前に引き出せ』と」
ぶるりと身震いする。
「私たちがやっているのは客商売、この町を通る方々を相手にした商売です。正当な理由もなしに客を売るような真似は致しません。……これを全く同じことを、商会の男に向かって叫んだ男がいました。そいつは今、首を刎ねられてあそこに転がっています」
「あの死体か」
はい、と男は頷いた。
「それ以降、誰も口を開きませんでした。『いいか、まず金髪長身で装身具をジャラジャラ付けた優男。次に、黒髪黒瞳で背の低い少年。黒い猫を連れている。こいつらを見つけたら捕まえろ。そして明日の朝、私の前に連れてこい。さもなくば、こいつらの命はない』そう言って男が指を鳴らすと、部下らしき人たちによって、縛られた子供たちが前に引き出されてきました。その中には、通りで遊んでいたはずの私の息子もいたのです……! 『この餓鬼共の命が惜しければ、言った通りにしろ。もしも逆らえば、死ぬのはこいつらだけではない。明日の朝到着する、数百に及ぶ我が商会の兵たちが、この町を破壊し尽くすだろう』商会の男は淡々と話し、町長宅に入っていきました。……これは、あなた方のことですよね」
私たちは頷いた。
どうやら、この町には既に商会の手が回っていたらしい。
「私は明日、あなた方を男のもとまで連れていかなければなりません。どうかご了承ください」
私たちは、ロンブスの苦渋に満ちた顔を眺めた。
息子を人質に取られたのなら、行動に選択の余地はないはずだ。
ユリアがゆっくりと答えた。
「構わない。俺たちは商会に狙われているんだ。別に悪いことをしたわけじゃないが、俺たちがここを通るってだけで殺されたり人質に取られたり、どうやらこの町の人々には迷惑をかけたみたいだな。子供たちは俺たちがそいつのもとへ行けば解放されるのか?」
ロンブスは頭を抱えた。
「おそらく、解放されないでしょう。あなた方を生かして帰すつもりはなさそうな口ぶりでしたから、あなた方があの男の手にかかったとき初めて解放されるのではないかと」
「まあ、そうだよな」
ユリアもメルゴーも頷いた。
「それが人質ってもんだ。で、ロンブスさんよ、あんたは俺たちに黙って死んでくれってか?」
メルゴーが凄みを利かせてロンブスを睨みつけた。
「そんなことは言っておりません。しかし、私にはどうすることもできないのです。息子を無事に返してもらえるよう、なんとかしてもらえないかと、あなた方に頼むことしかできないのです」
項垂れるロンブス。
「私にもっと力があれば、息子を助けに行くこともできたでしょう。しかし私には武装した兵を何十人、何百人と打ち倒すだけの力はない」
「それはそうだな」
頷くメルゴーは、なんだか笑っているように見えた。
「でも、こういうことだろ? もしもそんな力があるのなら、明日の朝その男をぶっ飛ばし、子供たちを助けて、商会の兵とやらがこの町を壊そうとする前に全滅させてしまえばいいんだ」
「そ、それはそうですが、そんなこと」
「不可能だと思うか?」
ユリアもニヤリと笑った。
「やってやろう。俺たちを始末するために来てるんだろうが、返り討ちだ。迷惑かけたお詫びと、あそこで死んでる男の供養だ……全員二度と武器握れないようにしてやる」
目を白黒させるロンブス。
「安心しろ、お前は黙って俺たちを案内すればいい」
「は、はい」
私はこっそり溜息を吐いた。
どうしてこう、一番手っ取り早い方法を選んでしまうのか。確かに、全員ぶっ飛ばせば解決するにはするが……。
気持ちを切り替え、私は決意した。こうなったら、とことんやるしかなさそうだ。あの呪術師の男が差し向けてきた兵など蹴散らしてやろう。
しかし数百の兵を相手取るとなると、いくらなんでも真正面から突っ込むわけにはいかない。
数の暴力の怖さは、中央街道の野犬たちのときに身に沁みてわかっている。
私は記憶を探り、いい呪術や錬金術はないか、考え始めた。
この二人が揃うと、思考回路が乱暴になります。
ノックスが歯止め役ですが、第三者がいると声を出せないんですねえ…




