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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第四章 北王都街道・前半
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四 錬金術の発現

「説明するから座りな」

「信用できるか! いきなり頭ぶん殴りやがって!」

 ユリアが激昂している。

 それもそうだろう。私だってやや混乱しているが、とりあえずこの男に一発ぐらいは光弾を叩き込まないと気が済まない。


 先程ユリアが頭を殴られて倒れたのを見た私は激昂し、何も考えず全力でメルゴーに飛びかかった。そして返り討ちにされた。そこまでは覚えている。打たれた頭も、まだズキズキ痛んでいる。

 そのあと目を覚ますと、体が痺れて動かなかった。

 しばらくすると痺れも取れたが、私は動かないまま死んだふりをしていた。メルゴーの他に知らない女がいたからだ。何事か話していたので、できるだけ情報を聞き出してからのほうがいいかと思ったのだが、それがどうやら正解だったようだ。

 そのあとメルゴーと女が急に戦い出したかと思ったら、ユリアがそれを助けた。

 思い返してみても、結局、何が起こったのか全然わからない。


「わかったわかった、そのままでいい。で、ユリア、目覚めてから話は聞いてたか?」

 ユリアは頷いた。

「話を聞いてたならだいたいわかったと思うが、俺は暗殺者だ。妹の薬代があと少しで貯まるから、薬を買って妹が回復したら足を洗うつもりだったがな。それで、何日か前に俺に与えられた命令があってな。『メモリアにいる騎士を殺し、手紙を奪え』ってやつだ。俺はそれを実行しに来たが、騎士が見当たらなかった。諦めて王都に戻ろうとしていたとき、お前らに出会った。お前らが部屋に戻ったあと、一人の男が命令の変更を伝えに来た。『黒髪の少年と黒猫を殺せ。手紙もそいつらが持っている』ってな。俺は悩んだ末に、命令を無視することに決めた。優しいだろ。あとは知っての通りだ」

「知っての通り、じゃねえ。さっきは何をしようとしたのか言え」

 ユリアがメルゴーを睨みつけている。

 裏切られた……とも少し違う、不思議な感覚だ。昏倒させられたとき、メルゴーに私たちへの敵意や殺気は感じられなかった……だからこそ反応が遅れたのかもしれないが。

 命を奪おうとしたわけではないようだ。

「まず、俺にとっての最優先事項は金だ。だから、お前らを殺したときにもらえる報酬は捨て難かった。でも、一緒に飯まで食った仲間をむざむざ殺すような真似、俺にはできなかったのさ」

 どうだか、とユリアが肩を竦めた。

「俺は思いついた。『殺したことにしてしまえばいい』ってな。報告すれば報酬ももらえるし、お前らを殺さなくて済む。でも、それにはある障害があった。それがあの女だ」

 メルゴーが指差したのは、床に横たわってピクリとも動かない女だった。

「縛っとかなくていいのか?」

「お前の拳が綺麗に入ったからな、放っといてもまだ起きねえさ」

 メルゴーは自慢げに笑った。

「俺の教え方の賜物だな」

「いいから続けろ」

「はいはい。それで、俺の任務に与えられた期限は日の出まで。それを過ぎれば任務失敗と見なす、って言われたのさ。個人契約の暗殺者にとって、失敗は死を意味する。つまり、俺を監視して、俺が失敗したら俺を始末するような役割を持った奴が近くにいるはずだ。そいつをどうにかしないと、本当は殺してないってばれちまうからな」

 メルゴーは頭の後ろをトントンと叩いた。

「急で悪かったが、まあ会話を聞かれてるかもしれなかったからな。不意打ちみたいな真似してすまなかった……とにかく、俺が打った急所は『活殺』と呼ばれる特殊なものでな。絶妙な力加減で一度打てば心の臓は止まり、二度打てば再び動き出す……っていう噂の、便利なのかそうじゃないのかよくわからんツボだ。長く心臓を止めすぎると二度打っても動き出さないらしいからな、いわば賭けだったのさ」

 メルゴーはニヤリと笑った。

「お前らを殺したふりをして、外にいたあいつを呼び寄せた。その時点でお前らは、生きてはいるが心臓が止まった状態だったわけだ。あいつがお前らの脈を確認して、死んでいることを確かめてから、俺は活殺を足で蹴って刺激した。お前らの頭を蹴飛ばすように見せかけてな。そこでお前らの心臓は再び動き出して、生き返ったってわけさ。足でツボを打つのは初めてだったが、まあ上手くいってよかったぜ」

 私とユリアは顔を見合わせた。

 こいつの足の加減にとっては、私たちは死んでいたかもしれないということか。

 無茶なことを。

「お前らが動かないでいてくれて助かった。まあ、心臓が動き出してからしばらくは、体が痺れて動けないんだがな……痺れが取れたあともお前らが動かないでいてくれたから、あいつは最後までお前らの死を疑わなかった。おかげで助かった。礼を言うよ」

 メルゴーは頭を下げた。

「生き返ってからは、話の内容は聞こえてただろ? だいたいの事情はこれでわかったはずだ。何か聞きたいことはあるかい」

 ユリアはまだ納得いっていない様子だったが、私は全てが腑に落ちた。

 メルゴーが金に執着していた理由も、わざわざ芝居を打った理由も。

「それにしても許せんな」

「ああ、話はわかったけどさすがに怒りが収まらん」

「……おい、今そいつ喋らなかったか?」

 ……しまった。

 私はユリアと顔を見合わせた。「あーあ」と言ってユリアが肩を竦める。

「ばれちゃったもんはしょうがないな。ノックス、自己紹介でもしとけ」

 メルゴーはかなり驚いた様子で私の口元を眺めていた。

 仕方なく、私は口を開いた。

「私はノックス。いろいろあって喋ることができるが、これは言いふらさないよう頼む。ユリアの前以外ではできるだけ黙っておくのだが、今はついつい混乱して口が滑った」

「なんか賢そうな猫だとは思ってたが、まさか喋れるぐらい賢いとは知らなかったぜ」

 さすがの胆力というべきか、私を前にしてすでにショックから立ち直っている。

「喋る猫ってのは初めて見たが、ユリア、お前の故郷の猫は皆喋るのか?」

「俺は孤児だし、自分の故郷がどこなのか知らないんだ。育てられたのはラピスだが、ラピスでも喋る猫はこいつ以外いなかったな」

 ユリアの答えを聞いたメルゴーは、すっと頭を下げる。

「おっと、悪いこと言ったか。すまん」

「いや、別にいい。王都までの旅のついでに、いろいろ探ってるとこなんだ。自分がどこの出身か、とかな」

 ユリアは気にするな、と手をひらひら振った。

「そうか……黒い髪と黒い瞳なら、伊都國あたりじゃないか?」

 ユリアの目が見開かれる。

「別の人も同じこと言ってたんだ。やっぱりそうなのか?」

「そうだな……」

 メルゴーは顎に手を当て、考え込む。

「黒い髪と黒い瞳の人種……やっぱりパッと思いつくのは伊都國だ。他にはセミナリオン人がいるが、それなら肌がもっと黒いはずだしな。ガレオス王国もあり得ないこともないが……どちらかといえば灰色だ。お前みたいに綺麗な黒じゃない」

 すらすらと出てくる異国の知識に、私は驚いた。

「詳しいな」

「一時期、王都の港で働いてた時期があったからな。まあ給料が少なすぎて食ってくので精一杯だったから、数ヶ月でやめちまったんだが」

「そうか……妹さんのために金を稼いでいるのだったな」

「ああ」

 メルゴーは頷いた。

「巻き込んで申し訳なかったな。まあ、一緒に旅しようって持ちかけてきたのはお前らだし、諦めて許してくれ」

 ユリアは頷いた。

 根が単純だから、怒りなどとっくに消え去っているのだろう。

 私も渋々頷いた。

「ところで……妹さんの病気ってどんな感じなんだ?」

「さあな。ただ、胸のどこかがおかしいらしい。高名な医者も『手の打ちようがない』って言ってさじを投げた。俺も頑張ったんだがツボじゃ限界があってな、病気の進行をやや遅くすることしかできなかったよ」

 ユリアが私をちらりと見る。

 言わんとすることはわかった。

「ノックス、お前の魔法で治せねえのか?」

「わからない」

 これが正直な答えだ。

「傷や怪我なら治せるが、病気を治したことはないからな」

「おい、何言ってんだ?」

 メルゴーが訝しげな顔をする。

「あー、こいつはな、その、いわゆる魔法が使えるんだ」

「はあ?」

 信じていない。

 それはそうだろう、普通は信じない。

「魔法ってあれか? 空を飛んだりするやつか?」

 私は頷いた。

「そうだ。まあ、空は飛べんが……」

 メルゴーに軽く触れる。

Recuperar(治癒せよ)

 私の足先から溢れ出す、柔らかな光。

 次の瞬間、脇腹や右足など、メルゴーの全身に付いていた全ての傷が一瞬にして消え失せた。

「え?」

「……あれ?」

「ん?」

 三者三様に驚きを示す。

 しばらく、沈黙が部屋を支配した。

「これが魔法か……信じられねえが信じるしかなさそうだな。もう痛くもねえ」

 狐につままれたような面持ちで脇腹を撫でるメルゴー。

「俺を治したときより早いな! こっそり練習でもしたのか?」

 単純に驚くユリア。

 以前ユリアを治した時は、ゆっくりと傷が塞がるだけだった。痛みも残っていたはずだ。それが一瞬で塞がった上に傷の痛みも消えている。

「どういうことだ……?」

 私はただ戸惑っていた。

 治癒呪文の練習などしていない。何があった?

 そのとき、ミセリアの言葉がふと甦ってきた。あの夜、ミセリアの店で聞いた言葉――。


「戻るとしたら、強い刺激でしょうね。感情の昂り、生命の危機、それから頭部への物理的な衝撃……あとはその記憶に関連した事物との接触」


 そういうことか。

 これは先程の「頭部への物理的な衝撃」によるものか。

 メルゴーによる頭への攻撃、あれのせいで、いや、あれのおかげでと言うべきか、記憶がまた蘇ったのだろう。おそらくは、呪術に関する記憶が。

 それに気づくと、次々と呪印やら呪文やらが頭の中に溢れ出した。今まで長い間ずっと、ずっと忘れていたものだ。

 ――ああ、どうしてずっと思い出せなかったのだろう。

 戻ってきた記憶が頭を満たし、埋め尽くしてゆく。

 その中には、呪術ではないものも含まれていた。これは……!

「……とにかく、これが魔法だ。わかってもらえたか?」

 ユリアが自慢げに言う。

「おう。治してくれてありがとよ」

 礼を言うメルゴー。

 そのとき、ユリアとメルゴーの背後で、倒れていた女が身動きした。

 物音に反応して、二人が一斉に振り向く。

「……ちょっと浅かったみたいだな、起きようとしてやがる」

「おい、早く縛らないと」

 慌てて縄を探す二人に、私は声をかけた。

「ちょっとどいてくれ、試したいことがある」

 女の側に歩いていき、前足をかざす。

 木でできた床に力を流しこみ、動きを命令する。同じ魔法でも、生命体を対象とする呪術とは違い、命なきものを操る術。そう、錬金術だ。

 猫になってから初めて使う術式は、まるで使い慣れたもののようにすんなりと発動した。

Arbol(樹木よ、) Atando(束縛せよ)

 床の材木が数本めくれ上がり、意志を持っているように女に絡みついて、手足の自由を奪った。

 成功だ。

 人間だった頃に使えた呪術と錬金術が、再び使えるようになった。

呼び方についてですが、

呪術…呪印

錬金術…術式

という使い分けです。

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