十一 宝の正体
「夜中にメルゴーさんが頑張ってくれたおかげで、地下室に入れたんです!」
「それは知ってる」
ユリアは苦笑いした。
「鍛冶屋に行く途中に会ったからな」
「そうなんですね! あの人が一晩中頑張って瓦礫を整理してくれたらしくて、びっくりしました。お金にしか興味がない人かと思っていたけど、見直しました」
「いや……その認識は間違ってないと思うぞ」
ユリアがぼそっとそう呟く。私も完全に同意である。
「でも、地下室って鍵もかかっていないんですよ! 宝が欲しかったなら、開けて丸ごと持って行ってしまえばよかったんです。それなのにわざわざ私たちに知らせてくれたんだから、やっぱりいい人なんですよ」
「そう……なのかなあ」
「まあいいです。それで、私と父さんが地下室の中に入ったんです。最初は何も見当たらなかったんですけど、よく見たら奥に古ーい文机があって。その中に本が数冊入っていたんですよ」
「本?」
ユリアが聞き返す。
「本ってお宝なのか?」
ルナはわが意を得たり、とばかりににっこりと笑った。
「そうなんです。私も最初はそう思いました。でも、それを何気なくぱらぱらめくっていた父さんの表情が急に変わって、父さんったら、ものも言わずに飛び出して行っちゃったんです。しばらく経って、父さんは、この街の長を引きずるようにして連れて戻ってきました。そのまま小声で顔突き合わせて話し出したと思ったら、今度は二人で地下室を飛び出して別な人を引っ張ってくるし」
興奮気味に話すルナ。
「三人目はどうやら、この街の歴史を研究している偉い人らしいんですが、その人が『まさかこんなところにあったとは! この本には百年以上前のハルモニア王国の様子が克明に記されている。長い歴史の中でなくなってしまった歴史書の一部だ。はっきり言って、値段の付けられないほどの価値がある。無理を承知でお願いするが、これを譲ってもらえないだろうか』なんて言うんですよ」
ユリアが驚く。
「そんなに古い本なのか」
「はい。でも、そんなにぼろぼろじゃないですよ。偉い人が『素晴らしい保存状態だ!』なんて叫んでましたし」
歴史書か。過去を知ることのできる本……確かに、何にも代えがたい宝だな。
それも、記憶の名に相応しい宝だ。
「じゃ、その本は結局譲り渡したのか?」
「ええ。もちろん。ちゃんと謝礼はたっぷりいただきましたけどね!」
ルナがニヤリと笑う。
「これでユリアさんとメルゴーさんにお礼ができます」
ユリアが慌てたように首を振った。
「待て待て、まず店の再建が先だろ! お礼なんかに割いてる余裕は」
「あるんですよ、これが」
ルナがむふふふと含み笑いする。
「もらった金額は、酒場を建て直して、営業を再開して、それでも余るぐらいです。残りはお礼として二人のぶんにしようって家族で決めました。遠慮は要りません、受け取ってください」
「でもなあ……」
渋るユリアを、私は叱った。
「ユリア、人の好意を固辞し続けるのは失礼だぞ。素直に受け取るのも礼儀のうちだ」
「そうですよ」
ルナも加勢する。
一対二で責められ、仕方なく頷くユリア。
「わかった、ありがたくいただくよ」
ルナの顔が綻んだ。
「本当ですか! じゃあ、お渡しするので付いてきてくださいね」
「そういえば、メルゴーにはもう渡したのか?」
歩きながら、ルナは何かを思い出したかのように笑い出した。
「メルゴーさんは、宝の正体が古い本だって伝えたら『またタダ働きかよ!』って叫んでどこかへ走り去ってしまいました」
私たちは一斉に吹き出した。
「私たちを助けていただき、本当にありがとうございました」
「これは我々の気持ちです、遠慮せずに受け取ってください」
ルナの両親が深く頭を下げ、ユリアに包みを差し出す。
「あ……はい。じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
ユリアはなんとなく恥ずかしそうに包みを受け取った。こういうときにシャキッとした態度ができないあたり、まだまだだな。
「厚かましいようですが、もう一つお願いがあるのです」
ルナの父親が一歩進み出た。
「あなたと同じく、お世話になったメルゴーさんにも謝礼を用意しているのですが……彼がどこにも見当たらないのです。あなたに預けておきますので、見つけたら渡していただけないでしょうか。もちろん、見つからなかったらあなたに差し上げますから」
もう一つの包みをユリアに差し出す。
ユリアは受け取って、口を開いた。
「必ず見つけて、渡します。それと、いただいた謝礼は、王都への旅費として大切に使わせていただきます。お金がやや残り少なくなっていたところなので、大変ありがたいです」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
やればできるではないか。
「それでは、メルゴーを探してこれを届けたあと、王都に出発します。王都で用事を済ませ、帰ってくるときにまた酒場に寄らせてもらいますので」
「えっ! もう行っちゃうんですか!」
ルナが悲痛な叫び声を上げた。
「ああ。また今度寄るから、そのときにまたこいつを撫でてやってくれ」
ユリアが笑いながら言ったが、冗談じゃない。私はユリアの足に少し爪を立て、それからルナに向かって片足を上げ、ひらひらと振った。
ユリアがくるりと振り返り、歩いていく。
私も足を下ろし、その後を追った。
「賢い猫ちゃんねえ」
「そうなの! とっても賢くて、とっても可愛いんだよ」
「お前は昔から猫が好きだったものな」
「今でも好きよ、猫って素敵な生き物だわ」
「そうかそうか」
一人と一匹を見送ったルナと両親は、和やかに話しながら宿の部屋に戻っていった。
私とユリアは路地裏のとある喫茶店にたどり着いた。
「どうしてこんな所に来た?」
「メルゴーと仲良くなっていろいろと話したんだけど、この店にかわいい店員がいるからよく来るらしい。ここにいないかと思ってな」
理由がいかにもメルゴーらしい。
「入ってみるか」
ユリアが扉を押し開けると、扉の一番近くの席にメルゴーが突っ伏していた。
余りにあっけなく見つかったので、私とユリアは顔を見合わせた。ユリアがメルゴーをつんつんと突くが、全く起きる気配を見せない。
「お客さん、その人の知り合いですか?」
女性店員が声をかけてきた。
メルゴーの言うかわいい店員とはこの人だろうか。
「はい、そうですが」とユリアが答えると、店員はほっとしたようにまくし立てた。
「この人、お水を一杯だけ飲んだと思ったら突っ伏して眠り込んじゃって。迷惑だから連れて帰ってもらえないでしょうか……他のお客さんが気味悪がっているんです」
ユリアは苦笑した。
「この人、一晩中働いてたから疲れているんです。起きたら連れて帰るので、しばらくそっとしておいてもらえないでしょうか」
「そういうことなら……」
しぶしぶ頷く店員にサンドイッチと果汁を注文し、ユリアはメルゴーの向かいに腰掛けた。
店員も離れていったし、店内はけっこう人がいるから喋っても問題ないだろう。
「ユリア」
「ん?」
「先程もうこの街を出ると言っていたが、メルゴーにツボを教わるんじゃなかったのか?」
小声で質問する。
「メルゴーが言うには、依頼を完了できなかったから、一旦王都に戻って依頼人に謝って前金を返すらしいんだ。俺たちも王都に向かうだろ? メルゴーと一緒に王都に行けば、教えてもらいながら進めるから効率的なんじゃないかと思って」
私は目を見開いた。
それは盲点だったが、確かにそれなら時間も無駄にならない。
何より、メルゴーは強いと聞く。おまけに、ユリアと一緒にメルギトゥール商会の邪魔をしてかなりの数の私兵たちを昏倒させている。きっと商会からの刺客が来ても力になってくれるだろう。
……しかし、あの男を信用してよいものだろうか?
金で動く人間は、信用するべきではない。信じた挙句、あっさりと寝首を掻かれる可能性だってある。
私の内心の葛藤を他所に、ユリアは運ばれてきたサンドイッチをぱくつき始めた。
「いいか、黒髪の少年と黒猫は殺せ。確実にだ。そして、メモリアの第二支部長ウォークスには、殺す前に聞きたいことがある。殺さず、縛って部屋に転がすだけにしろ。ウォークスを捕まえたらこの紙を燃やせ。それで私には伝わる」
メルムはこくりと頷いた。
誰も、その顔に表情らしいものが浮かんでいるところを見たことがない。人の喉を掻き切るときでさえも、彼女の眉はピクリとも動かないのだ。
「かしこまりました。しかし、今からメモリアに向かうとなるとどれほど急いでも三日はかかりますが」
「いや、三日もかからない。三秒で着く」
説明を求めるようにリガートゥルを見るメルム。
「目を閉じろ」
命令通りにすっと目を閉じたメルムの腕を掴み、リガートゥルは呪文を唱えた。二人の姿は王都の商会本部から消え失せ、そしてメモリア第一支部の地下に現れる。
「開けていいぞ」
メルムは目を開け、少しだけ眉を上げた。
「ここは」
「メモリアだ。この移動手段は信用できるものにしか使わせていないから口外するなよ」
「仰せのままに」
メルムは深く頭を下げた。
「そうだな、この部屋にウォークスを閉じ込めろ。できたらこの紙を燃やせ」
懐から紙を取り出し、メルムに渡す。
受け取ったメルムは、一礼すると部屋を出て行った。
誰もいない、薄暗い部屋の中でリガートゥルはぶつぶつと呟き始めた。
「気になる報告がある……奴が私的に動かした商会の兵が壊滅した、と。メモリアの兵長からの報告では、黒髪の少年と金髪長身の男、たった二人によって。そして、それとは別に一匹の猫が数人の兵を殺害したと」
顎に手を当て、部屋を歩き回る。
「しかもその猫は、喋ったという」
立ち止まったリガートゥルは、怒りをにじませて呟いた。
「まさか、敵も呪術師か……?」
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。
年内にあと一話ほど書ければいいなと思います。




