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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第三章 「赤」の街、メモリア
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十 さらば愛剣

 明日の朝から教え始めるという約束で、私たちとメルゴーは一旦別れた。ルナの父親に地下室を開けるよう頼みに行くメルゴーを見送り、当初の目的である服と剣の回収に向かう。

 昼前の街をのんびり歩いていると、太陽は照っているのに少し肌寒く、北部に来たという実感が湧いてくる。行き交う人々の服装も、南部より厚着だ。

 そんなことを考えている間に鍛冶屋の前に着いた。

 しかし、何かがおかしい。

「……開いて、ないな」

「ああ、開いてない」

 鍛冶屋の扉は固く閉ざされている。昨日来た時には見当たらなかった看板が設置されており、「諸事情により無期限休業中」と書いてあった。

 私とユリアの額を冷や汗が流れ落ちていく。

「まさかとは思うが、ユリア……お前、騙されたのではあるまいな」

「……あの店主、いい人そうに見えたんだけどなあ」

 残念そうに呟く。

「そういう問題ではないだろう!」

 あの服と剣の助けがあったからこそ、敵を退けられたのではないのか。

 普通の剣ではゲヌスのモルゲンステルンに叩き折られていただろうし、ファルサとの一戦で致命傷を負わなかったのは服による防御のおかげだ。

「これからどうやって戦うつもりだ」

「まあ待て」

 ユリアは私を押しとどめ、あさっての方向に歩き出した。

「こっちはただの店だ。工房は別の場所にあるらしいし、念のため行ってみよう。もしかしたら誰かいるかもしれない」


 結論から言うと、店主はそこにいた。

 ユリアの姿を見た小太りの店主は、恐るべき速さで床に平伏する。「申し訳ございません!」と悲鳴のような叫びを上げる店主に、私もユリアもポカンとしてしまった。

「と……とりあえず何があったのか説明してくれ」

 ユリアが言うと、店主は申し訳なさそうに立ち上がり、奥に入って何かを持って戻ってきた。それを見て、私とユリアは息を飲む。

 短い付き合いながらもユリアの命を幾度となく救ってきた剣。

 その、残骸だった。


「……この剣の素材がまったくわからず、おまけに従来の研ぎ器では歯が立たなかった、というか刃が立たなかったのでございます。いろいろと試行錯誤していたのですが、熱して急冷した瞬間にヒビが入り……」

 呆然とするユリアにひたすら頭を下げる店主。

「職人仲間の知恵も借りつつ、なんとか直そうとしていたのですが……。大変申し訳ございません!」

 これでは、怒るに怒れない。

「服のほうは……?」

「あっ、服なら手をつけておりません。お持ちいたします」

 店主が奥から捧げ持ってきた黒いシャツは、預けたときのままの姿だった。

 なんだかほっとしてしまったが、結局のところ何一つ直っていない。ゲヌスに開けられた大穴と無数の鉤裂きは依然として目立っている。こんなものを着て街を歩けば、すれ違う人が目を剥いて驚くだろう。

「さて、服はいいとして剣はどうしよう……」

 ユリアの言葉に、店主はますます縮こまった。よく見れば膨れた腹まで引っ込んでいる。

「別に剣を壊したことを責めるつもりはない。そもそも特殊な剣だし……ただ、丸腰のまま街を出るのは避けたい。何か武器があったら譲ってくれないか?」

 責めるつもりはないと言われた店主は、ほっとしたような笑みを浮かべた。

「はい、いくらでもお譲りいたします! こちらへどうぞ」

 店主は工房の奥にユリアを案内する。私もとことこと後を追った。

 窓から差し込む日の光に照らされて、大小様々な武器が光る。

「うちではここで作った武器の他にもメルギトゥール商会から仕入れた質のいい武器を多数販売しています。店先に並べるのはよく売れる剣のみでして、ほとんどはこちらの工房の倉庫、つまりここに置いてあります。この中からいくらでもお好きなものをお選びください」

 メルギトゥール商会……武器の取引で北部最大手との噂は真実のようだ。

「ほお……たくさんあるなあ」

 ユリアが倉庫を見渡し、感嘆の吐息を漏らした。

 剣の種類は言わずもがな、剣以外にも槍や小刀、弓に棍棒、鎌、鎖分銅、メイス、フレイル、なんとモルゲンステルンまである。

「これ、刃先がないぞ」

 ユリアが指差した剣は、刃先が四角く潰れている。あれでは刺突が使えないだろう。

「これはですね、エグゼキューショナーズ・ソードというものです」

 店主が滑らかに解説してくれる。

「またの名を処刑人の剣、つまり罪人の首を切り落とすための剣です。だから刃先は付いておりませんし、一撃で首を刎ねることができるよう重めの作りになっております」

「なるほどなあ……これは使いにくそうだな。じゃ、これは?」

 ユリアは別の細い長剣を指差す。

「こちらはレイピアです。耐久性に欠けますが、とても軽くて振りやすいですよ」

「耐久性に欠けるのは駄目だ。こっちは?」

 刀身から握りまで、ごてごてと飾りが刻まれている。厚めで幅広の刃はやや反り返っていてとても頑丈そうだが、もう少しいいデザインはないのか。

「こちらは青龍刀です。殺傷力は高いのですが、これを持ち歩くのは盗賊や山賊と相場が決まっておりまして……ですから、これは観賞用です。あまり実戦には適さないかと」

 あの飾りは、そういうわけか。

 ユリアはしばらくうろうろとしていたが、別の剣を二本手に取った。

「一番使いやすそうなのはこれかこれだな」

「そちらはグラディウスです。短めの両刃で近距離の戦闘で威力を発揮します。もう一つはカトラスで、片刃で刃の反りがグラディウスよりも激しいです。実はカトラスは海、つまり船上での戦いを想定して作られておりますが、陸上で使う分にも問題はありません。あとは、握りの部分をご覧ください」

 カトラスには拳を保護する部分が付いているが、グラディウスには付いていない。

「違うのは今申し上げた部分だけです。どちらも幅が広くて短いため、折れにくくて頑丈ですので、あとはお好みでお選びください」

「うーん」

 ユリアは少し離れ、交互に持ち替えつつ二本の剣をぶんぶんと振り回していたが、やがてグラディウスを棚に戻した。

「こっちがいいな。カトラスにするよ」

「かしこまりました。では鞘と腰につけるベルトもお付けします」

「……なんだか申し訳ないなあ」

 ユリアがそう言うと、店主は目を見開いた。

「滅相もございません! 私が壊してしまった剣はおそらく、この国内で唯一の技術が使われたものです。言ってみれば値段など付けられないのですよ。ラピスの鉄鋼技術の高さは以前から聞き及んでおりましたが、まさかこれほどとは……」

「ああ、村の親方が俺のために特別に作ってくれた剣だからな。量産もされてないと思うぞ」

 何気なく言ったユリアだが、店主はそれを聞いて更に申し訳なさそうな顔をした。

「弁解のしようもございません。今すぐには無理ですが、きっと元通りに直してみせます」

「そうしてくれると助かる。事情があって王都まで行かなきゃいけないんだけど、帰りにまたこの街を通る。そのときにまた受け取りに来るよ」

 店主は平伏した。

「必ず、そのときまでに直しておきます」


 カトラスを腰に提げ、店を出ようとしたユリアを店主が呼び止めた。

「もしよければ、これをお持ちください」

 小刀だ。握りにも鞘にも綺麗な模様が刻み込まれており、抜き放つとまっすぐな細身の刃が日差しを反射してきらきらと輝いた。握りに埋め込まれている石は、おそらく宝石だ。

「この街には、旅に出る人に対し、お守りとして小刀を送る風習があります。これはうちの工房で作ったものですが、なかなかの逸品だと自負しております」

 確かに、装飾の細かさと優美さは大したものだ。磨き込まれた刃は、顔が映るほどに透明感のある銀色に光っている。片刃で刃渡りも長いわけではないため、武器というよりは芸術品だ。

「ほんの気持ちですが、お受け取りください。旅の無事を祈っております」

 そう言って店主は深く頭を下げた。

 素直に受け取ったユリアは、大切そうにポケットにしまう。

「ありがとう。大切にする」

 そう言って、ユリアは踵を返した。

「行くぞ、ノックス」

 角を曲がる直前に後ろを振り返ると、店主はまだ頭を下げていた。


「剣は壊されたけど、いい人だったな」

 私は頷いた。

「ああ。しかもあの小刀、かなりの業物のようだぞ」

「大切にしなきゃな」

 用事も済んだので宿へと向かう。

 再び酒場の前を通りかかったが、今度は誰もいなかった。

「またメルゴーに会うかと思ったが、さすがにいないようだな」

「あの人、面白いよな! この世で一番好きなものは金らしいぞ」

「それは見ていればわかる」

 とりとめのない話をしながら歩き、やがて宿の前に着いた。中に入ろうとした瞬間、後ろから「猫ちゃん!」と声がかかる。

 メルゴーではなく、こっちだったか……。

「ユリアさんも! 聞いてください、実は、宝が見つかったんですよ!」

 私を抱き上げたルナは満面の笑みでそう叫んだ。

メリークリスマス!

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