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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第三章 「赤」の街、メモリア
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九 力の流れ、再び

「父さん、宝って何のことか知ってる?」

 焼け落ちた酒場の前でルナがそう尋ねると、父親は首を捻った。

「うーん……昔はうちの地下に地下室があったと聞いたことはあるが、宝なんてものの存在を聞いたのは今日が初めてだ」

「その地下室には入れねえのか?」

 メルゴーが目をキラキラさせて尋ねる。

「入れないことはないが……」

 ちらりと酒場に目をやる。

「……この瓦礫の山じゃなあ」

 メルゴーはがくりと肩を落とした。

「タダ働きかよ……」

 清々しいほど欲望に忠実なメルゴーに、ユリアもルナもただ苦笑するばかりだった。

「そういやあんた、何の仕事してるんだ?」

 ユリアが聞くと、メルゴーはぐったりとしたまま答えた。

「何でも屋さ。頼まれれば何でもやるし、今現在は人探し中だ。でも見つからなくてなあ……報酬がもらえないと俺も食っていけねえからな。お宝って聞いて飛びついたんだが、世の中そううまくはいかねえもんだ」

 メルゴーが上手にぼかしたので、このときはこの遊び人風の男が暗殺者であることなど、誰も想像さえできなかった。

「じゃあ、これからどうするんだ?」

 ユリアの問いにメルゴーはやや思案していたが、諦めたように肩を落とした。

「一旦王都まで帰って……依頼主に謝ってこないといけねえな。前払いの報酬も返金だ」

 地面にひっくり返って空を眺める。

「大赤字だぜ」

 悲しそうなメルゴーから視線を外すと、ユリアは酒場をじっくりと眺めた。

 ところどころ焼け残ってはいるものの、いつ倒壊するかわからない。全部崩してから新しく建てるより他ないだろう。

 ルナの父親が惚けたように呟いた。

「派手に燃えたなあ……」

 しかし、さすがは店主。表情はすぐに引き締まり、指を素早く折って何事か計算を始めた。

 しばらくしてから顔を上げた店主は、皆に指示を出した。

「俺は知り合いの大工に格安で頼めないか話をつけたあと、商会に支部長がやったことを話して金を出すよう要求しに行く。二人は近くの宿に泊まってろ、明日以降に親戚のところに金の無心に行くからな。それからあんたたち二人には感謝してもしきれないが……今はこの通り、差し上げるものもない。宝とやらが見つかったら、その中から改めてお礼をさせて頂くが、それでよろしいかな?」

 メルゴーは頷いたが、ユリアは首を振った。

「俺はお礼が欲しくて助けたんじゃないからな。この猫が、この酒場の飯を気に入ったって言うから助けたんだ。だから、この酒場が立ち直ってまた営業を始めたら、俺とこいつに飯でも食わせてくれ。それでいい」

「感謝する」

 ルナたちは深く頭を下げ、ユリアはなんだか照れくさそうに笑った。

「無欲だねえ」

 メルゴーの呟きに、一同はまたもや苦笑したのだった。



 メルギトゥール商会、本部地下室。

 会長直属の暗殺部隊《赤い夢》は、普段はそれと悟られないように事務作業を行っているが、別に義務ではない。そのため、ゲヌスのようにそもそもこの部屋に来たことさえない暗殺者も存在する。変な言い方をすれば、ここにいるのは「真面目な」暗殺者、というわけだ。

「メルムはいるか」

「ここに」

 リガートゥルの呼びかけに応えて仕事の手を止め、椅子から立ち上がったのは、小柄な女性だった。これといって特徴のない顔立ちのその女性は、すれ違って三歩歩けばその顔を忘れてしまうだろう。

 しかし、このメルムとすれ違う者は皆、すれ違ったことにさえ気付けない。

 天性の才能、いや、体質と呼ぶべきか。リガートゥルからゲヌス以上との評価を受ける暗殺者メルムには、気配がない。言い替えると、路傍の石ころが自分の後ろに転がっていても気付けないのと同じだ。

 今のリガートゥルのように彼女の存在を意識していれば別だが、そうでなければ彼女に後を尾けられていても絶対に気づかない。何が起こったかもわからないまま首をかき切られ、倒れ伏すこととなる。

 仕事の成功率はもちろん十割。

 シュラと並んでこの《赤い夢》で最も優れた暗殺者と呼ばれている。

「仕事があるが、頼めるか」

「仰せのままに」

 頭を下げるメルム。その声から感情らしきものは感じられない。

「ついてこい」

「はっ」

 リガートゥルのあとに続いて、メルムは部屋を出ていった。



 次の日の朝、私とユリアは、預けている剣と服を受け取るため鍛冶屋に向かって歩いていた。

「そういえば、結局あの男は誰なんだ?」

「メルゴーって名乗ってた。宝って聞いた瞬間に目が輝いてたから金好きなんだろうな、でもすごく強かったぜ」

 あの男、ユリアをして強いと言わしめるとは……人は見かけによらないものだ。

「ほう、そんなにか」

「ああ。あの指輪とか腕輪とかネックレス、ただの飾りに見えたけど全然違った。武器だった。それも、かなり強力な」

「それは珍しい……暗器使いか。もしかしたら暗殺者だったりしてな」

「まさか」

 私とユリアは笑い合った。

 しばらくして、焼けた酒場の前を通りかかったのだが……。

「片付いてないか?」

「片付いてるな」

 散乱していた瓦礫が数カ所に分けて積み上げられている。夜のうちから早速大工が働き始めたのだろうか……と思ったが、きっと違うだろう。大工は片付けたあとその場で寝たりしない。

 片付いた焼け跡で気持ちよさそうに眠る男を見て、ユリアは引きつった笑みを浮かべた。

「ところで、あの瓦礫の中に人の姿が見えるんだけど」

「私もだ。しかも、見覚えがある」

 大の字になって寝ているその男の腕には、ジャラジャラと腕輪が付いていた。

「噂をすれば、だな」

 ユリアが驚愕のうめき声を上げる。

「そうまでして宝が欲しいのか……」

 声に反応したのかメルゴーがむくりと起き上がり、ユリアを見つけて嬉しそうな顔をした。

 服がところどころ煤にまみれている。

「昨日の少年じゃねーか! ほらこれ見ろよ、一人で頑張ったんだぜ。これで地下のお宝とやらを拝めるだろ? な?」

「いや、『な?』って言われてもな……」

 困ったように頭を掻くユリア。

「とりあえず、この瓦礫を片付けたのはすごいと思うけど……これ全部一人でやったのか?」

「おうよ」

 自慢げに胸を張るメルゴー。

「よく身体が保ったな……」

「俺はな、身体のツボや急所について詳しいのさ」

「ツボ……って何だ?」

 メルゴーは木の枝を拾うと、剥き出しになった土の地面に簡単な人の形を描いた。

「ツボと急所はほぼ同義だ。ただ、ツボに関しては面白い効果があってな……強く、鋭く打てば繋がっている箇所を攻撃できるし、一定の力で圧をかけて刺激してやれば、繋がった部位の回復や強化にも繋がるってわけだ」

「……もう少しわかりやすく説明してくれないか?」

 何を言っているのかわからない、といった顔のユリアだが、私は新鮮な興奮を覚えていた。

 これは呪術に応用できる、と直感が告げているのだ。

「そうだなあ……身体には、力の流れってもんがあんのさ」

 私もユリアも驚いたように顔を上げた。

「全身を巡る血液だってそうだし、それとは別に神経という名の糸が全身に張り巡らされてるんだ。ツボってのは、その要所要所を指す言葉さ。例えば……」

 メルゴーは地面の人型の頭頂部から股下までまっすぐに線を引いた。

「この線の上には急所がたくさん集まってる。正中線、って言うんだけどな。ここらへんは急所だ。まあわかってると思うが、ここらへんに攻撃が当たれば死ぬか戦闘不能になる、そんなとこだな」

 ユリアは頷いた。

「んで、例えば右足のこのあたり」

 棒でぐるぐると円を描く。

「ここをぐいぐい押せば、左の鼻の穴の鼻づまりが治る」

 ユリアが不審そうな顔をした。それもそうだろう、右足のツボで左の鼻に効果があるなど信じがたい。そもそも鼻づまりが治ったから何だというのか。

「どうして左右逆なんだ?」

「首で神経が交差してるからさ」

 メルゴーは事も無げに言った。

「身体の全ての神経や血液は首を通る。そして、神経は左半身の束と右半身の束に分かれててな、それぞれの束が首でこう、入れ替わるというか、交差して頭と繋がっているのさ。だから首には急所が集まってる。いや、首自体が急所だと言ったほうがいいかもしれねえな」

 いまいち納得していない顔でユリアが唸る。

「お前、信じてないだろ。足を出しな」

 メルゴーに言われた通り、ユリアは右足を出す。

 メルゴーは、ユリアの足の甲の一点を親指でぐいっと押した。

「いってええ!」

 ユリアが悲鳴を上げる。

「ここは足全体の流れが交わるところだ。今押されてみてどうだった?」

「なんか……足全体に痛みが走った」

「そういうことさ。ここは?」

 メルゴーが別の場所をぐっと押すと、ユリアが再び悲鳴を上げる。

 そして、ユリアの左目からぼろぼろと涙が溢れてきた。

「わかったか?」

 右足の一点を押して、左目から涙が出る……どうやらこの男の言うことは正しい。人体の「ツボ」か……ユリアの武術も、これを取り入れればもっと進化するのではないだろうか。

「なるほど、だから戦ってる時もあんなことを……」

「ああ、鳩尾だな。急所にはそれぞれ最適な角度と打ち方があるのさ。夜の間も、疲れたら疲れに効くツボを押すだけでよかった。これだけで効率は数倍だ」

「すげえな!!」

 ユリアの目が輝きだした。

「そのツボと急所について、もっと俺に教えてくれないか?」

 メルゴーの目も輝きだした。

「いいぜ! ただし有料だ!」

 ユリアの顔が曇る。

「くっ……いくらぐらい払えばいい?」

「そうだなあ……まあ俺も鬼じゃない。一ドゥム(三十分)につき十ノルでどうだ」

 ……鬼じゃないか。

 ユリアの顔が激しい葛藤に歪んだ。

 仕方ない、私もツボについては興味がある。ここは必要経費ということにして、できるだけ早く習得してしまおう。

 私はユリアに向かって軽く頷いてみせた。

 ユリアは力強く頷くと、声を張り上げる。

「わかった! 金は払おう。だから教えてくれ!」

 メルゴーはにかっと笑った。

「交渉成立だ」

 二人はがっちりと握手を交わした。


 私も賛成したとはいえ、これで王都に辿り着くのがまた少し遅くなる。感謝祭の前には着いておかなければならないのだが、こいつはそれをわかっているのだろうか……?

 メルゴーと談笑するユリアを見て、私は深い溜息を吐いたのだった。

大変お待たせしました…

課題さえ終われば更新ペースをもとに戻せるのですが…もうしばらく、スローペースが続きます。

お許しください。

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