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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第三章 「赤」の街、メモリア
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八 共闘

 数日前「騎士を殺して手紙を奪え」と命令された暗殺者メルゴーは、現在とても焦っていた。

(おいおい、騎士なんてどこにもいねーぞ……)

 普段の彼ならとっくに暗殺が終わっていてもいい頃だ。まず標的についての情報を集め、一人になる時間帯を調べる。それから密かに近づいて殺す。この方式で彼はずっと暗殺を行ってきた。

 今回も上手くいく……そのはずだった。

(騎士なんて珍しいもん、俺の情報網に引っかからないわけがない。本当に中央街道にいるのか? それともとっくに死んでるのか? どちらにせよ、今回は厳しいかもしれねーな)

 早朝の街を歩きながら思案に耽る。手や首に着けたアクセサリーがじゃらじゃらと音を立てた。

(一旦王都まで戻るか……やれやれ、とんだ無駄足だったぜ)

 そのとき、街が突然騒がしくなった。

「何だ?」

 叫び声、ざわめき……そして、何かが燃える匂い。

「火事だ!」

 誰かが叫ぶ。

 ここメモリアの古い建物は、石と木でできている。火を付ければ木の部分が燃え、安定性を失った石の部分が崩落するのでとても危険だ。毎年、火事による死傷者は少なからず存在するのである。

(火事か……することもないし、見に行ってみるか)

 野次馬根性で火事の現場に向かったメルゴーが見たのは、黒く焼け焦げた酒場だった。所々が燻り、ぐらりぐらりと傾いている。もう保たないだろう。

 古くからの建物は、当然耐久性にも耐火性にも欠ける。メルゴーの目の前で、酒場はゆっくりと崩壊していった。

 泣き声が辺りに響く。

「ルナがいないの! ルナ!」

 酒場を経営している夫婦だろうか、その妻の方が半狂乱になって泣き叫んでいた。

「どこに行ったの! 返事をして! ルナ!」

 そのとき、ねっとりとした声が響く。

「ルナちゃんはもう帰ってこない」

 一目でならず者とわかる集団を引き連れて歩いてくる、一人の男。髪をさらりと掻き上げ、男は夫婦の前で立ち止まった。

「お前たちがさっさと店を引き渡していれば、こんなことにはならなかったんだ……恨むなら、自分たちを恨むことだな」

 そう言って高笑いする。

(おいおい、悪趣味な奴だな。どこのどいつだ?)

 メルゴーはやや不快感を覚えた。

「おい、こいつらを追い払え」

 男の命令に、ならず者たちが周囲の見物人たちに向かって武器を振り上げて襲いかかる。蜘蛛の子を散らすように見物人たちが逃げていき、残ったのはメルゴーともう一人、黒髪黒瞳の小柄な少年だけだった。

「店は渡す……だから、ルナだけは返してくれ」

 絞り出すような声でそう言うと、店主の男が頭を下げる。

 しかしその返答は、無慈悲なものだった。

「謝ってももう遅い。お前たちが店を引き渡すのを渋ったから、愛しい娘とは二度と会えなくなってしまったんだ……残念だったなあ」

 妻のほうが号泣する。

 それをニヤニヤしながら眺めていた男は顔を上げ、まだ見物人が残っていることに気がつくと叫んだ。

「何してる! そいつらも追い払え。殺しても構わん」

 少年のほうに一人、メルゴーのほうに一人。メルゴーは、先端に重りが付いた棍棒――つまりメイスを振りかぶって襲いかかってきた男を眺めた。

(こいつ、大したことないな)

 馬鹿正直に振り下ろされるメイスの一撃をひょいと避けると、拳を握って男の側頭部を軽く打つ。指輪の飾りが男のこめかみに食い込み、急所を打たれた男はすとんと倒れた。

 メルゴーがじゃらじゃらと着けている指輪は、ただの飾りではない。的確に狙った場所にダメージを与えるための凶器なのだ。

 背後に忍び寄り、急所を一撃。剣や弓矢と違って傷も残らない、極めて合理的な暗殺方法である。

「なっ……!」

「何だ、あいつら!」

 少年のほうを見ると、襲いかかったと思しき男が泡を吹いて地面に伸びていた。

 少年もメルゴーのほうを「やるじゃん」とでも言いたげな目で見ている。

「お前ら、何やってる! たった二人も追い払えないのか!」

 苛立ったように叫ぶ男に、少年が走り寄る。

 疾い。

 メルゴーは目を見開いた。

 少年は阻止しようと伸ばされる手を全てかい潜り、悪趣味な男の眼前で立ち止まる。

「ひっ……!」

 逃げようとする男の胸ぐらを掴み、捻り上げる。

「てめえがウォークスか」

 異国の者かと思ったが、少年に訛りはない。

「だっ、誰だ!」

「うるせえ、質問を質問で返すな。お前がウォークスなのかと聞いている」

 一回りも歳下の少年の恫喝に怯える男。情けない図だ。

「そ……そうだ! 僕を誰だと思ってる! メルギトゥール商会のぶっ」

 少年が男の鳩尾に蹴りを入れた。

 身体をくの字に曲げて吹っ飛び、地面にべしゃりと落ちた悪趣味男は苦悶しながら胃の内容物を吐き出す。

「事情は聞いた。あのうまい飯が食べられなくなるのは困る」

 振り返った少年は、夫婦を見てにっこり笑う。

「君は、確か一昨日の夜に……猫を連れて……」

 酒場の主人の言葉に、少年は頷いた。

「うちの猫が、ここの飯を気に入ったらしくてな。焼けてしまったけど、土地までは奪わせない」

 悪趣味男が腹を押さえながら怒鳴った。

「何してる! お前ら、そいつらをさっさと叩き潰せ! そこの土地の下に眠ってる宝を手に入れるんだ!」

「宝?」

 夫婦がぽかんとした顔をする。

 メルゴーの目が、キラリと光った。

 今まさに少年に襲いかかろうとしていた男の後頭部に一撃。倒れ伏す男を踏みつけて、メルゴーは笑った。

「事情はだいたいわかった。助太刀しよう」

「そりゃ、ありがたい」

 少年は不敵に笑う。振り下ろされる剣を下がるのではなく踏み込んで躱し、少年と男の身体が擦れ違うと同時に男が宙を舞った。縦に一回転して頭から石畳に落下した男はびくびくと痙攣している。

 メルゴーは口笛を吹いた。

(どこの武術か知らないけど、あいつ、かなりやるじゃんか)

 別の男がメルゴーに襲いかかる。横薙ぎにされる剣を、メルゴーはあっさりと腕で受け止めた。響き渡る金属音に、男は驚愕の表情を浮かべる。

「腕輪ってのはな、飾りじゃないんだぜ」

 にやりと笑って鳩尾に蹴りを入れると、男はうずくまってピクリとも動かなくなった。

「おい少年! 鳩尾ってのはな、指一本入る角度だけ斜め上に打ち上げるんだぜ。それが一番効く」

 少年は、今まさに剣を突き出してきた男に向かって拳を放った。メルゴーが言った通りの角度で鳩尾に拳が突き刺さり、男は声も出さずに倒れ伏す。

「本当だ! あんたすげえな!」

 感心したように言いながら、背後からの一撃をかがんで躱すと低い姿勢から刈るような蹴りを放つ。足を掬われて倒れた男の股間を少年の足が強打して、男は泡を吹いた。

 メルゴーはネックレスを一本外すと、夫婦の背後に忍び寄ろうとしていた男に向けて投げつける。一見軽そうに見えるネックレスの飾り部分だが、男の額に当たると、かなり鈍い音が響き渡った。音からすると、頭蓋骨にヒビぐらいは入っているはずだ。

「ああ、首が軽くなったぜ」

 倒れる男を見もせずにそう言うと、首からもう一本ネックレスを外す。金具を外すと、それは先端に飾りと言う名の重りが付いた一本の細い鎖になった。メルゴーが振り回すそれに頭を打たれ、男たちが次々と昏倒していく。

 数分後、立っているのは少年とメルゴーの二人だけだった。

「くそ……くそ……どいつもこいつも役立たずばかり……」

 呪うように呟き続ける悪趣味男を無視して、少年はメルゴーに頭を下げた。

「助かった」

「礼はいいぜ。それより、お前その若さでかなり強いじゃん。名前は?」

「ユリア」

 ユリアと名乗った少年も聞き返す。

「そういうあんたは? その飾り、武器なんだな」

「メルゴーだ。覚えなくていい……むしろ忘れてくれ。この飾りは俺の趣味と実益を兼ねてる。なかなかイカしてるだろ? ……それより、そこの土地に埋まってるとかいう宝を見てみようじゃねーか」

 わくわくした様子のメルゴーに、それが助太刀の理由か……とげんなりした顔のユリア。

 夫婦は、我に返ったように二人に頭を下げた。

「助けてもらって、ありがとうございました。でも、娘が……」

 そのとき、「おーい」という声がした。

「ルナ?」

「ルナ!」

 石畳に響く足音。黒猫を抱いた若い少女が全力で走ってくる。

「お父さん! お母さん!」

 少女は夫婦の腕の中に飛び込んだ。

「無事でよかった……本当に、無事でよかった」

「うん。あのね、この猫ちゃんが、助けてくれたの」

 泣きながら再会を喜びあう家族。

(薄汚れた俺には眩しい光景だねえ)

 メルゴーは薄く笑った。

 少女の腕から黒猫がするりと抜け出し、少年のもとに駆け寄る。

「お、ノックス。間に合ったのか」

 少年の言葉に黒猫は、まるで言葉がわかるかのようにこくりと頷いた。

 ふと見ると、あの悪趣味男がふらふらと立ち上がって逃げようとしている。少女もそれに気づいたらしく、ぱっと父母の腕を離れてそいつの前に立ち塞がった。

「よくもうちの店を燃やしてくれたわね」

「……う、うるさい! どけ!」

「どくもんですか、この変態ウジ虫野郎」

 少女は右手を大きく振りかぶる。左手を前に出し、足を前後に開き、腰をしっかり捻る。靴音高く足を踏み出し、地面を踏み締め、捻った腰を回転させ……体重を、体全体の力を、そして遠心力を全て右手に集約して、少女は全身全霊の一撃を放った。

「これでもくらえ!」

 爆発音のようなバチィィィンという音が響き渡り、男が真横に吹っ飛んだ。石畳の上で二、三回横転して、石壁に頭をぶつける。ゴンという音とともに、男は白目を剥いてずるずると崩れ落ちた。

「よしっ!」

 それを見ていた全員が、思わず快哉を叫んで拳を突き上げた。いい一撃だった。

次の投稿日は未定です。

どうか気長にお待ちください…

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