七 眼鏡の男
「ルナ、目を開けていいぞ」
私がそう言うと、ルナは私に飛びついてきた。
「怖かったな、もう大丈夫だ」
私に抱きついて震えながら泣くルナの背中をゆっくりと撫でる。
やがて落ち着いたルナは、室内を見渡して悲鳴を上げた。頭を撃ち抜かれた男に首を貫かれた男、死体など見慣れていないルナには刺激が強かったか。
「見なくていいぞ」
私はそう言って、気絶させた小柄な男に向き直った。
呪文で気絶させたあと意識を取り戻させるには、こうすればよい。
私は男の腹に一発蹴りを入れた。
「ごべっ」
変な声を出して男がびくんと跳ね、起き上がる。私を見て、次にがらんとした室内を見た男は、全てを悟ったようにがっくりと肩を落とした。
「なぜ俺を殺さなかった?」
「いくつか質問があるからだ。答えてもらえると嬉しい」
私が紳士的にそう言うと、男は投げやりに笑った。
「俺に拒否権はねえんだろ?」
「よくわかってるじゃないか」
私は頷き、質問を始めた。
「お前たちは何者だ? あの大量の武器はどこから持ってきた? お前たちを雇った、または命令したのは誰だ? まずはこの三点、答えてもらおう」
男は一息つくと、ぽつりぽつりと話し始める。
「俺たちはメルギトゥール商会の護衛兵だ。商会の取引や物資の運搬の際に護衛を務める。命令があれば、今日みたいな汚れ仕事だってやる。要人を脅したり、競争相手の積荷を奪ったりな。商会が北部随一の取引量を誇るようになったのも、俺たちが陰で支えてきたからだ」
男の顔に、ほんの少し自負のような表情が現れた。
「商会の主な取引は武器と食糧。だから武器の在庫なら商会の事務所にたくさんある。俺ら護衛兵は、それを自由に使うことが許されてるのさ。今日俺たちに命令したのは、ここメモリアの第二支部長ウォークスだ」
「やはりあいつか」
私は舌打ちした。
「まあ、あいつはそろそろ支部長じゃなくなると思うけどな」
「どういうことだ?」
男はにやりと笑った。
「俺が本部に報告したのさ。あいつが最近、商会のためではなく自分のために兵を動かしていることを。兵の無断運用は重罪。運が良ければ降格、悪ければ除名だ。もともと素行に問題のある奴だったからな、おそらく除名だろう。頭は切れるし、メモリアでここまで事業を拡大できたのもあいつの手腕のおかげではあるんだが……商会が求めてんのはもっと従順な人材だ」
「なるほどな。ところで、お前はどういう立場の人間なんだ?」
短槍の腕前もさることながら、喋る猫を前にして平気で話せるその胆力。ただの護衛兵ではないはずだ。
「俺か。俺はメモリア支部の兵長だ」
「兵長……つまり、一番偉いということか」
「メモリアではな」
男は頷いた。
「それぞれの都市に支部があるが、護衛兵たちは北部三大都市にしかいない。俺はその一つ、メモリアの護衛兵たちを統括する立場にいる」
想像以上に上部の男だったようだ。
「そこまで話してしまっていいのか」
男は肩を竦めた。
「いいわけじゃないが……まあ生かしておいてくれた礼だ」
「そうか、じゃあもう一つだけ答えてもらうが……私は今後どうなる? 例えば、商会の敵として認識されて追手が来たりはするのか?」
男は首を捻った。
「それは上層部が決めることだからな……俺には何とも言えんが、支部長の家を破壊して護衛兵数名を殺害したとなれば何かしらの報復があるかもしれんな」
支部長の家を破壊して護衛兵数名を殺害……それだけ聞くと私が極悪猫のように聞こえるではないか。
「では、現状では不明だと? お前も上層部ではないのか?」
「上層部ってのは支部長と本部長、それに会長だ。兵長は支部長の下なんでな。上の命令と下の要望に挟まれて、俺は憐れな中間管理職さ」
男は困ったように笑ってみせた。
「なるほど。それでは最後に、メルギトゥール商会の組織体系を教えてくれ」
私の質問に、男は目を軽く見開く。
「何のために……?」
「私にもいろいろ事情があるのでな」
男は納得していない様子だったが、渋々話し出した。
「一番上が会長、その下が本部長。本部は当然レガリアにある。その下が支部長で、支部は全部で七つ存在するから支部長は全部で七人。重要なことはこの九人の話し合いで決める。さして重要でもないことはそれぞれに判断が許されてるらしい」
「それだけか?」
「……これはあくまで噂なんだが、会長直属の秘密の私兵集団がいるらしい。俺たちにも任せられないような、例えば暗殺なんかを請け負っていると聞いたことがある」
私は暗殺という言葉に反応し、さらに追求する。
「……なぜ秘密なのにそこまで知られている?」
「都合がいいからさ」
男は喋り続けた。
「商会にとって邪魔になる存在は、いつの間にか死んでいるんだ。競争相手やら商会について嗅ぎ回る奴やらが、やけにたくさん行方不明になったり、自殺したりしていてな。偶然にしてはあまりにも都合がいいと思わないか?」
私は頷いた。
「だから、直属の暗殺者がいるんじゃないかって話だ。確証は持てないが、俺は全くの嘘だとも思わない。……俺が知ってることは、このぐらいさ」
私は立ち上がり、一応礼を言った。
「貴重な情報をありがとう」
男に近づき、足に触れる。
「……おい、何をする気だ?」
不安そうに言う男に、私は笑いかけた。
「先程のように気絶させておけば、お前が敵に情報を漏らしたとは疑われないだろう。情報の礼だ、命は取らないでおく。……あと一つ言っておくが、あの店とこの子にはもう手を出さないようにしてくれ」
「それに関しては、あの支部長が解任されればもう大丈夫だろう」
「そうか、それならよかった」
私は力を込め、呪文を唱える。
「Dormir」
男は白目を剥き、ばたりと倒れた。
私は固唾を飲んで見守っていたルナのほうに振り返った。
「待たせたな」
助かったというのに、ルナはなんだか浮かない表情だ。
「ううん、それより……私なんかを助けたせいでノックスちゃんが怖い人に狙われるようになったら……」
私の心配をしているのか。
「心配するな。この程度、楽に撃退できる。それにユリアもいるしな」
「ユリアって、あの男の子?」
「そうだ。あいつは、私よりずっと強い。私とユリアが揃えば、いくら追手が来ようとも平気だ」
私がそう言うと、ルナは私の顔を見てくすりと笑った。
「信頼してるのね」
「ああ」
私は強く頷いた。
「だから安心しろ。さあ、戻ってウォークスをぶっ飛ばすぞ」
「うん!」
私とルナは家を出て、酒場のほうに走り出した。
メルギトゥール商会本部地下。
眼鏡の男が歩いていると、一人の男が廊下の向こうから慌てたように走ってくる。
「リガートゥル様!」
「どうした」
眼鏡の男……リガートゥルは立ち止まった。
「メモリア第二支部長のウォークスが不正に兵を動かしていたとの連絡が入りました」
リガートゥルは、すぐに髪を掻き上げる男の顔を思い浮かべた。仕事はよくできる男だが、最近はどうも規約違反が目立つ。
「これで何度目だ?」
「三……いや四です」
リガートゥルはやや思案した後、宣告を下した。
「そうか。しょうがない、除名だ」
「はっ!」
頭を下げる男を残し、リガートゥルは歩き去った。
(さて、メルムに命じる仕事が一つ増えたな)
支部長を除名されるということは、死を意味する。組織の内情を知りすぎているからだ。
会長直属の暗殺機関《赤い夢》の存在を知る者は、この男を含めた九人だけ。それ以上いてはいけないし、これを知った以上、途中で組織を抜けることは許されない。
リガートゥルは階段を降りていく。コツコツという足音が反響して、壁の松明が揺らいだ。向かう先は、自分の研究室だ。
本部の地下にリガートゥルの研究室があることと彼が呪術師であることは、誰にも知られていない。支部長や本部長でさえも知らないのだ。見つからないように巧妙に隠されたこの部屋で、彼は日々呪術の実験や研究を行っている。
メルギトゥール商会の会長リガートゥルは、静かにほくそ笑むと研究室の扉を押し開けた。
ラテン語、ギリシャ語などの単語集を買いました
これは便利!




