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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第一章 ハルモニア王国南部
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三 旅立ちの朝

「渡したいものがあってな」

 村長は袋の中に手を突っ込み、かき回した。時折カチカチと金属同士が触れ合う音がする。

「ほれ、まず一つ目」

 取り出したのは、短剣と長剣の間ほどの長さの剣であった。

 皮でできた真っ黒な鞘から抜き放つと、鈍く光る刀身が露わになる。それは不思議なことに、朝日に当たってもあまり眩しく輝かなかった。銀色というより灰色の剣である。

 ユリアは背負った袋から自分の剣を取り出し、しげしげと見比べた。


 村の男は、十四歳になると大人用より少し短い一本の剣を与えられて剣の練習を始める。平和な村だが、盗賊が鉄の武器を狙って攻めてこないとも限らないからだ。

 男たちの鉄鉱石掘りや鍛治仕事を手伝ったり、森で動物を狩ったりして暮らしてきたユリアは、十四にしてしなやかな体に大人顔負けの体力、筋力を兼ね備えていた。もともと素質もあったのだろう、剣を習い始めてからはみるみるうちに上達し、同年代の子供たちでは相手にならぬほど強くなってしまった。

 一年に一回、村じゅうの男たちが剣の腕を競う祭りが開かれる。二年前の祭りでは、剣を習い始めてから二年しか経っていないユリアがとうとう村一番の剣の使い手を退けて優勝したのである。

 剣の腕前を認められたユリアは、異例の若さで護衛の任に就くことになった。そして、例の襲撃事件の後、ユリアの評判は揺るがぬものとなったのであった。


 ユリアが持っているのは、その少し短い剣である。村長が取り出した剣は、それよりも拳二つ分ほど短かった。

「ユリア、お前はまだ若い上に背も低い。大人が持つ長さの剣では抜きにくかろう……これを持ってみよ」

 渡されたユリアが驚きの声を上げる。

「軽い!」

 少し離れた場所まで行き、鞘を腰に装着する。手を柄にかけ、一気に抜き放つ。しばらくそのまま剣を振り回していたユリアは、戻ってくると満面の笑みを浮かべた。

「すごく扱いやすい。村長、ありがとう」

「なに、礼には及ばん。ほれ、二つ目じゃ」

 村長が再び袋から何かを取り出した。

「……服?」

 それは長袖のシャツであった。真っ黒で滑らかな生地。

「この服の材料は何だかわかるか?」

 いたずらっぽく笑って、村長が問いかけた。

「羊毛……じゃないのか?」

「違うな」

「綿か?」

「それも違う」

「麻」

「違うな」

 まさか……とユリアが恐る恐る言った。

「絹……じゃないよな」

 絹は、王族しか着られぬという最高の素材である。それで作った服に腕を通せば、天上の雲を身に纏っているような心持ちになるという。

「残念じゃったな、全てハズレじゃ。答えは……鉄じゃよ」

 私とユリアは無言で顔を見合わせた。この期に及んで村長が冗談を言うとも思えないが、目の前の服があの鉄でできているとは、にわかには信じがたい。

「鉄の欠片を槌で叩くと、どうなるかね?」

「平べったく……なるよな」

 私も頷いた。それは知っている。鉄は砕けない。

「もっともっと叩くとどうなる?」

「そりゃあ……もっともっと薄くなるだろ」

「その通り。鉄は、叩けば紙よりも薄くすることができる。延びるからじゃな……では、鉄を糸にすることもできるとは思わんかね?」

 そう言われると、なんだかできそうな気がしてくるから不思議だ。

「このラピス村は、鉄と鍛治の村。鉄についての知識と技術は、王都の職人たちにも引けをとらぬ。鉄を紙にすることも、糸にすることも、この村ならできるのじゃよ」

 村長は服をユリアに手渡した。

「鎧よりも軽く、動きやすい。剣で切られても、刃が服の上で滑るように編んである。切っ先が掠ったぐらいでは、傷も付かんわい。ただ……やはり鎧よりも防御力は落ちる。過信してはいかんぞ」

「わかった。ありがとう」

 村長は袋に手を突っ込んだ。

「三つ目……これで最後じゃ」

 取り出したのは、小箱のような物体だった。手のひらにすっぽり収まるぐらいの、真っ黒な直方体。一つの面に金色で不思議な模様が描かれている。植物の葉?を組み合わせたような模様だ。

「これはな、ユリア、お前に関係のあるものじゃ」

「どういうことだ?」

「お前は、森の外れで拾われたとき、これをしっかりと握っていたそうじゃ。お前の身元につながる何かかもしれん」

「俺は、今更両親のことなんて知りたく……っ」

 思わず声を荒げたユリアを押しとどめて、村長は優しく言った。

「お前、本当はずっと悩んどるだろう。自分が何者なのか、なぜ髪の色も瞳の色も他人と違うのか」

 図星だったようだ。ユリアは唇を噛んで俯いた。

「お前は、この村の一員じゃ。村の皆は、お前がどんな姿でも関係ない、お前という一人の人間を大事に思っておる……それはお前もよくわかっておるだろう。あとは、お前自身が自分を受け入れるだけじゃよ。ちょうどいい機会じゃ。王様に手紙を届けたあと、護衛としてでは行けなかった様々な場所へ行ってこい。自分が一体何者なのか、気の済むまで探って、調べてこい。その黒い箱が手掛かりになるかもしれぬ」

 そう言って、村長はユリアの頭を優しく撫でた。

「……わかった」

 ユリアは小箱を受け取り、背負っていた袋の中に入れた。

「お前にはこれで全部じゃ。そうそう、ノックス、お前にもちゃんとあるぞ」

「私に!?」

 私は驚くと同時に少し怪しく思った。まさか首輪などではないだろうな。

「ほれ」

 村長が取り出したのは、手のひらぐらいの大きさの瓶だった。中には透明な液体が三分の二ほど入っていて、朝の日差しを浴びてキラキラ光っている。

「……なんだ、それは」

「マタタビじゃ」

「なんだと!?」

 マタタビとは、私の大好物の草である。その香りは甘く芳しく、一度嗅げば体に力がみなぎってくる。

「北部には、マタタビは生えておらんそうだ。お前も好物がないと寂しかろう……これはマタタビを絞って酒に溶かしこんだものじゃ。少ないが、持っていくとよいだろう」

 私は感動して髭を震わせた。

「ありがとう村長…大事に飲ませていただく」

「うむ」

 村長は、満足そうに頷いた。

「これらは、村の皆からの贈り物じゃ。皆、お前たちの無事を祈っておるぞ。あと、ユリア、お前はまさかその袋を担いで行くつもりではなかろうな」

「言われなくても、そのつもりだ」

 村長は慌てて奥に駆け込んで行くと、一つの背嚢を持って戻ってきた。

「これに入れて背負えば両手が空く。馬の背にくくりつける時も、ここの金具を使うと便利じゃ。国王様への手紙もこの中に入れておいた。ほれ、持っていけ」

「ありがとう」

 ユリアは背負っていた袋の中身を背嚢に移し替えると、背嚢を背負い、剣を腰にくくりつけた。

「まずはミネラに向かい、地図と馬を買うとよい。お金はその背嚢の中に五千ノルほど入れておるから、十分足りるじゃろう。そしてそこから中央街道を抜けて北部へ行くのじゃ。なるべく安全な道を通るんじゃぞ」

「ああ、任せてくれ」

「それでは行くがよい。村の連中は見送ると泣いてしまいそうだから見送りには行かんとか言っておったな。わしももう見送らんぞ。さらばじゃ」

 村長は慌てて集会所の中へと入っていった。最後のほうで村長の声が震えていたのに気づいて、私たちは顔を見合わせてくすりと笑った。

「じゃあ、行くとしようか」

 ユリアが歩き出した。私もそれに続く。


 

 長い旅の、始まりだった。

一話ごとの長さを揃えなければいけませんね。

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