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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第三章 「赤」の街、メモリア
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三 ろくでもない計画

 馬車が止まり、男たちがルナを運び出す。

 着いた先は、ある豪邸の前だった。高い塀で囲まれ、所々に彫刻が施されている。はっきり言って、悪趣味な外装だ。

 そのまま家の中に入り、大きな部屋の中に運び込まれる。

 ごてごてした成金趣味な壺や絵画が並ぶ部屋だった。持ち主の器が窺い知れるというものだ。

 ルナを放し、男たちが扉の付近まで下がった。ルナは立ち上がり、前方を睨みつける。

「やあ、ルナ」

 革張りのソファに一人の男が座っていた。

「……あんた誰よ」

 震えながら、それでも気丈にルナは問いかけた。

 男は髪をさらりと掻き上げ、答える。

 自分に酔うタイプの男のようだ。見ていて恥ずかしい。

「メルギトゥール商会、と言ったらわかるかな」

「……じゃ、あんたが支部長のウォークスね」

「ご名答」

 ルナは恐怖も忘れたようにウォークスと名乗る男を睨みつけた。

「こんな真似して許されるとでも思ってるの? おじいちゃんのおじいちゃんが始めた酒場をうちが代々ずっと守ってきたのよ。うちの店は絶対に手放さないわ」

 どうやら、ルナの父親の店を狙う連中らしい。大方予想通りだ。娘を誘拐して、言うことを聞かせようというつもりか。

「ああ、それはよくわかった。だが、愛しい娘の貞操と引き換えならどうだろうね……?」

 ルナの顔がさあっと青ざめる。

「君がその身を僕に差し出すのなら、あの店には手を出さないでおこう。それが嫌なら、あの店を引き渡すことだ。実は以前から君のことが気になっていてね……なかなかの美人じゃないか。どうだい、僕の愛人にならないか?」

 ルナは不快そうに身をよじった。

「誰が愛人なんかになるものですか! あんたにはそこらへんの牛や馬で十分よ!」

 こんな男、牛や馬のほうも願い下げだろう。

 ウォークスはやれやれと首を振った。

「じゃあ、あの店を引き渡してもいいということだね?」

 ルナが悔しそうに唇を噛む。

「……卑怯者!」

 ウォークスはつかつかと歩み寄って、ルナの顔を覗き込んだ。

「君たちが悪いのさ。僕は最初、十分な金額を提示して売ってくれるよう頼んだ。それで頷かないなら、こうするしかないだろう? 僕だって心が痛むよ、歳が十も離れている娘さんにこんなことをしないといけないなんて」

 そう言いながらも、ウォークスの顔は緩んでいた。欲情していることが丸分かりだ。発情期の野生の獣でもそんな下卑た表情は作らないだろう。

 その顔が、ルナの手によって張り飛ばされる。

 パァンという音が部屋に響き渡り、ウォークスが頬を押さえてよろめいた。

 腰の入った、いい一撃だ。

「なっ……!」

 しばらくわなわなと震えていたが、やがてウォークスはにやりと笑った。

「いいだろう! そちらがその気ならこっちにも考えがある。君を無事な姿で返して欲しければ、酒場を開け渡せと君の父親に言おう。当然、君の父親は頷くだろう。娘と酒場、どっちを選ぶかは知れたこと。そして店は僕のものになる……しかし、いつまで待っても君は帰ってこない! 君はずっとここで暮らすんだ。あの頑固な父親は、自分の所業を後悔しながら娘を待ち続けるのさ。なんでさっさと酒場を手放さなかったんだろう……と。君はやりすぎた。謝ってももう遅い、店も君も両方僕のものだ」

 そう言って、ぐいっとルナを押し倒す。私はやっとルナの腕から解放され、床に着地した。

「このっ……やめてよ、汚らしい!」

「君が悪いのさ。恨むなら自分自身と父親を恨むことだね」

 ルナは完全に押さえ込まれてしまい、悔しそうに手足をばたつかせている。

 ……さて、見過ごすわけにもいくまい。あの「猫ちゃん用ご飯」が食べられなくなるのは困る。

「そこまでにしておけ」

 部屋が凍りついた。

「だっ、誰だ!」

 ウォークスも扉の近くの三人も、声の出どころを探して部屋中を見回している。その中でルナだけが驚いたように、しかし嬉しそうな顔をして私を見つめていた。

 私はルナに向かって小さく頷いてみせた。

「よくもそこまで下衆なことができるものだな。人間としての誇りはないのか」

 ウォークスが怯えたように叫ぶ。

「……姿を見せろ!」

「最初から見せている!」

 私が叫ぶと、ようやく気づいた男たちがぎょっとして飛び退る。ウォークスはぽかんとしてこちらを眺めていた。

「見るに堪えん。野生動物でも交尾するときは合意の上だぞ」

「ひ、ひいい!」

 ウォークスはルナから離れて後ずさる。

「ば、化け物!」

「失礼な。私はただの猫だ」

 ルナが嬉しそうに駆け寄ってくる。

「猫ちゃん!」

「ルナ、もう少し待っていろ。話をつける」

 私はゆっくりとウォークスのほうに歩み寄った。

「私を化け物と言ったか? 私には、私利私欲のためにこんな卑劣なことに平気で手を染められるお前のほうが化け物に見えるが」

「お……お前たち! この猫を叩き潰せ!」

 ウォークスが震えながら叫んだ命令に従い、扉の近くで呆然としていた男たちがにじり寄ってくる。

「やる気か?」

 私が威嚇すると、男たちの足がピタリと止まる。私は三人の男に向けて牙を剥き出した。

「それ以上近づくと、首を引き裂く。試したい奴はかかってこい。自分の命が惜しければその場を動かぬほうが賢明だぞ」

「どうした! 早くやれ!」

 焦ったように叫ぶウォークス。

 一人がやや躊躇いながらも剣を抜き、襲い掛かってきた。首を切るのはルナには少し刺激が強いか……と考え、仕方なく私はそいつの横を走り抜けて足の腱を爪で切り裂いた。確かな手応え。

 人間相手ならともかく、この小さい身体に剣などそうそう当たらない。

 足を押さえてわめきながら倒れる男を見て、残った二人が慌てて剣を振りかぶる。一人が振り下ろした剣をひょいと避けると、剣は硬い音を響かせて床に食い込んだ。それを抜こうとして動きが止まった男の腕の関節部分を、飛び上がってくるりと回転しつつ爪で一閃する。関節が破壊された腕は、運が悪ければ二度と曲げることができなくなるだろう。

 最後に残った男は、剣を掲げたまま躊躇している。

「何してる! やれ!」

 しかし、そいつは剣を下ろしてしまった。

「……できません。俺じゃこいつには勝てないみたいです」

 ウォークスに向かって頭を下げる。どうやら力量の差を悟ったようだ……目の前で二人があっさりやられたのだから、当然といえば当然だが。

 部下の命令拒否に、ウォークスは顔を真っ赤にして震えていた。

 私はくるりとウォークスに向き直った。

「ひっ……」

「ルナを家に帰し、あの店には二度と関わらないと誓え」

「いや、それは……」

「この場で首を噛み裂かれて死ぬのとどっちがいい?」

 ウォークスがさらに後ずさる。

「五秒やる。選べ」

 私は言い放った。

「五……」

「わかった! わかったからもう出て行け!」

 ウォークスが叫ぶ。

 私は拍子抜けした。ここは普通、一まで数える間しっかり悩み続けるものではないのか?

「約束を破ったらどうなるか、わかっているな」

 私は最後にウォークスを思い切り睨みつけた。後退りしすぎて壁にぶつかったウォークスを尻目に、私は扉に向かって歩き出す。

「ルナ、帰ろう」

「うん!」

 私とルナは連れ立って部屋を出た。

 屋敷の外に出ると、見知らぬ風景が広がっている。

「ここは……?」

「たぶん、メモリアの外れよ。ここはあいつの家だと思う……商会の事務所は別の場所だもの。大丈夫、こっちに行けば帰れる」

 ルナが歩き出す。私はその背中を追いかけた。

「……助けてくれてありがとうね」

 振り返ってにっこり笑う。

「それにしても、喋る猫ちゃんなんて初めて見た」

「私の名前はノックスだ。猫ちゃんは恥ずかしいからノックスと呼んでくれ。あと、いろいろと面倒なので、このことは黙っておいてもらえると助かる」

「いいよ、誰にも言わない」

 ルナは素直に頷いた。

「……誰にも言わないから、抱っこしてもいい?」

 抜け目がない。

 私は渋々頷いて、身を任せた。



「くそっ! この役立たずめが!」

 ウォークスはソファに身を沈め、唯一無事だった部下を怒鳴りつけていた。残りの二人は「血で部屋を汚すな!」と言ってすでに部屋から追い出している。

 延々と中身のない罵倒が続く。やがて怒鳴り疲れたウォークスは、扉を指し示した。

「もういい、下がれ! 目障りだ!」

 部下がすごすごと部屋を出て行ったあと、ぶつぶつと呟く。

「ここまで馬鹿にされたのは初めてだ……もういい……あんな店は焼き払ってしまえばいいんだ。用があるのはあの店の土の下の宝だけ……問題ない。問題ない。よし」

 彼はメルギトゥール商会の支部長を務めているだけあって、頭は良かった。しかし、甘やかされて育ったことにより精神的にやや未熟であった。一組織の頭目としては不適任であると言えるだろう。

「ルナも宝も、必ず手に入れてやる」

 愚かな者に権力を持たせると、ろくなことにならない。

 幾多の前例に倣い、ウォークスもまたろくでもない計画を練っていた。

「次の日だ……朝早く、まだ寝ているうちにルナだけさらって残りは焼いてしまおう。組織の兵を動かすには許可が要るが、知ったことか。あの役立たず三人よりマシだ」

 ぶつぶつと呟き続けるウォークス。

「僕はメモリアの第二支部長などで終わる器ではない……宝を手土産に、もっとのし上がってやる」

 ウォークスは立ち上がり、鼻息荒く部屋を出ていった。

スペイン語の試験は終わりましたので、次は仮免の試験ですね。

年末は忙しいのだ

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