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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第三章 「赤」の街、メモリア
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二 酒場の事情

「今日はどうするんだ?」

「実はいろいろやることがあってな」

 朝起きて顔を洗い、私とユリアは宿の外に出た。宿には二泊すると伝えてある。メモリアは朝から人で賑わっていて、道には露店が立ち並んでいた。

「服か?」

 歩きながら小声で会話する。ゲヌスの攻撃によって穴が空いたり引き裂かれたりしたユリアの黒いシャツは、はっきり言って目立っていた。昨日も宿の従業員が「怪我をなさっているのでしたら……」と包帯を持ってきたほどだ。

「この街で直してもらえればいいけど……難しいだろうな。なにせ鉄の糸だ」

 私は頷いた。特に鉄鋼業が盛んというわけでもないようだし、よほど腕のいい鍛冶職人でもいなければ難しいだろう。

「それだけか?」

「いや、剣も」

 こともなげに言うユリア。

「……折れたのか?」

「いや、少し欠けてるだけだ。それと、そろそろ研がなきゃいけない」

「なるほどな」

 剣の切れ味が鈍っては本来の力も出せまい。

「では、鍛冶屋を探しているのか?」

「ああ。それと朝飯を……」

 そのとき、聞き覚えのある声が響き渡った。

「ああああ! 昨日の猫ちゃんだ!」

 ……見なくてもわかる。私はひょいと抱き上げられて頬ずりされ、言い知れぬ屈辱感に身を震わせた。昨日の店員が、目も当てられないほど緩んだ顔で私を見つめている。……普通にしていれば器量好しとも言えるぐらいなのに、残念な少女だ。

「綺麗な毛並みだねえ〜」

 当たり前だ。そこらの野良猫とは艶が違う、艶が。

「あの……」

 再び蚊帳の外に置かれたユリアが話しかけると、少女は私を抱きしめたままユリアに向かってぺこりと頭を下げた。今日は店の制服は着ていない。普通のシャツとスカートは、彼女を昨日より幼く見せていた。

「あっ、申し遅れましたね。私はルナといいます。猫ちゃんが大好きなんです……見つけたら捕まえて撫でないと気が済まないぐらいに。昨日はお店に来てくださってありがとうございました。この子……確か、ノックスちゃんでしたっけ。あなたの猫ちゃんですか?」

「いや、俺のってわけじゃないな。そいつは俺の所有物じゃない、大切な家族だ」

 あっさりと言ってのけるユリアに、ルナは目を丸くした。

「そんなに猫ちゃんのことを大切に思ってるんですね……なんだか意外です」

「意外?」

 ユリアが意外そうな顔をして聞き返す。

「はい。剣を持って猫ちゃんを連れてるってなんだかちぐはぐな感じで……ひょっとして猫ちゃんを食べる気なのかなあって。それに、お店にいるとき一度も撫でていなかったから」

「食べる?」

 また聞き返す。

「猫は食べないだろう。そういや、最後に撫でたのは何年も前だなあ……」

「何年も!」

 ルナは悲鳴を上げた。

「私なら死んじゃいますね」

 ユリアは苦笑した。一般の愛玩動物と私を一緒にすることがそもそも間違っているのだが、まあ見た目は変わらないから仕方あるまい。

「この街に住んでいる……わけではないですよね。そんな髪の色も目の色も見たことないですし」

 ユリアの顔が曇る。やはり、奇異の目で見られるのは避けられないか。

「綺麗な色ですねえ」

 続く言葉に、ユリアはぎょっとしたように顔を上げる。

「今、何て……?」

「綺麗な色だって言ったんですよ。髪と目の色が揃ってるなんて素敵じゃないですか? しかも、とっても澄んだ夜空みたいな黒。いいなあ! 海の向こうからいらしたんですか?」

 ユリアが赤くなった。どうやら髪と瞳の色を褒められ、照れているらしい。照れ隠しのつもりか、ぶっきらぼうに答える。

「いや。南部から来た」

「南部から! まさか、この猫ちゃんも連れて……?」

 ユリアが困ったように頭を掻く。

「まさかじゃなくても、そうだ」

「すごい! でもあなた、けっこう若いですよね……何歳ですか?」

「……十八」

 誤魔化すほどでもないと判断したのだろう、ユリアは正直に答えた。

「じゃあ、ひとつだけ年上ですね! 私は十七です。ところで、何をしに北部まで?」

 よく喋る娘だ。喋っている間も手は動き続け、私の痒いところを掻いたかと思えば肉球をふにゃふにゃと弄ったりした。……おい、そこは駄目だ。触るな。

「ちょっと王都に用事があってな。……そうだ!」

 ユリアがポンと掌を打つ。

「この街で一番腕のいい鍛冶屋さんを知らないか?」

「鍛冶屋さん……ですか?」

「ああ。この剣を研いでもらいたくて」

 ルナは思案するように首を傾げる。しばらくして、「あっ!」と叫んだ。

「あります! 鍛冶屋さん、私は入ったことないけど……」

「本当か? 場所を教えてくれないか」

 ユリアの頼みに、ルナはにやりと笑った。嫌な予感がする。

「口で言ってもわからないと思うので……案内しますね!」

 そう言ってユリアを先導して歩き出す。

 ここで道を教えるよりも、案内したほうが私を撫で続けられるという魂胆か。策士め。

 私が助けを求めてユリアを見ると、「俺にはどうすることもできない」とでも言いたげに肩を竦めてしまった。盗賊には勝てても、一人の少女には勝てないらしい。


「ここです!」

 ルナが立ち止まったのは、比較的大きい通り沿いにあって比較的大きい看板を出している、平たく言うと「口で言えばわかる」はずの店だった。

 それに気づいたユリアがルナを少し睨むが、ルナの目は私に釘付けになっている。

「さあ、どうぞ!」

「どうぞ、って?」

「私が猫ちゃんを抱いててあげますから、鍛冶屋さんで用事を済ませてきてくださいな。どんなに遅くなってもいいですよ、むしろのんびりしてください」

「えっちょっと」

「ほれほれ」

 ルナにぐいぐいと背中を押され、ユリアが鍛冶屋の中に消えていく。

 邪魔者(ユリア)を追い払ったルナは、ぼそりと呟いた。

「このまま逃げちゃおうかしら」

 ……冗談だろう。

「いや、あの人の大事な家族だって言ってたし、それはやめとこう……うーん、こんなにツヤツヤな猫ちゃんと出会ったの初めて」

 私の背中を優しく撫でる。

「私もちょっと前までは、猫ちゃんをたくさん飼ってたんだよ。それを、あいつらが……」

 悲しそうな顔をして拳を震わせる。緩んでいた顔が、突如として沈んだ表情に変わった。

「父さんの店を潰して土地を奪おうとしてる人たちがいてね、父さんが立ち退かないからその人たちがいろいろな嫌がらせをしてきて……店員は皆辞めちゃったし、変な噂を流されてお客さんも来なくなるし。猫ちゃんも皆いなくなったんだ、きっと攫われたんだ」

 溜息をついて、悲しそうに私の頭を撫でる。

「前は常連さんがいっぱい来てくれて、いつも笑い声で溢れてるお店だったのに……いやだ、私ったら猫ちゃん相手に何言ってるんだろ。ごめんね、こんなこと言ってもわからないよね」

 わかる、と言いそうになったがぐっと堪える。不用意に喋るわけにはいかない。

「困ったなあ」

 私を撫でる手も止まり、ルナはぼんやりと空を眺める。沈んだ顔のルナとは対照的な、抜けるような青空だ。雲がふわりふわりと漂って、流れていく。

 ユリアは店から出てこない。あんな業物の剣と服を見せたら、普通の鍛冶屋なら食いつくに違いない。言ってしまえば、鉄製品の名産地であるラピスの最高級品だ。騙されて剣と服を奪われたりしていなければよいのだが……。

 そのとき。

 二頭立ての馬車がガラガラと走ってきて、私たちの目の前で急に止まった。ルナの手が強張る。

「ひっ!」

 屈強な男たちが三人降りてきて、怯えるルナを取り囲んだ。

 逃げ出そうとするルナを押さえ込み、一人が足を持ち、一人が胴体を抱え、もう一人がルナの頭を持つと同時に口を塞ぐ。

「んむうーっ!」

 もがくルナを鮮やかな手際で馬車に運び込む……当然、ルナに抱きかかえられたままの私も一緒に。

 馬車の扉が閉まり、走り出す。白昼堂々行われた誘拐に、街の人々が気づいた様子はない。行き交う人の目から見えないよう、目隠しになる位置に馬車を停めたのだろう。随分手際がいい……慣れているのだろうか。

 私とルナは、馬車に揺られながらどこかへ運ばれていった。

 まあ、大体の予測は付くが……今は、成り行きに任せるしかあるまい。


「ああ、やっと終わった。なんとか再現できないか試してみるから一日預かっとくってよ」

 店を出てきたユリアは、きょろきょろと辺りを見回した。

「……あれ?」

味噌汁の中にご飯を入れると「猫まんま」と呼ぶのは全国共通ですか…?

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