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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第二章 中央街道
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十七 恥を知れ

「見いいいいつけたああああああああ」

 男の叫びに、私たちは一瞬恐怖を覚えた。

 なんだ、こいつは!

 男は私たちの手前で馬を止め、飛び降りた。手綱を木に乱暴に括り付け、こちらに歩いてくる。

「止まれ!」

 ユリアが鋭く叫んだ。

「何者だ。刺客か?」

 男はニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま立ち止まり、頷いた。巨大な男だ。

「ああ、そうだ。黒髪の少年と黒猫。間違いねえとは思うが、手紙は持ってるか?」

「持ってるさ」

 ユリアもオルニットから飛び降りる。

「離れてろ、ノックス」

 私は手綱を操り、少し離れた場所まで移動した。

 男は背中から武器を抜いた。手に持っているそれは、確かモルゲンステルン——鉄棒の先に棘の生えた球が付いている凶悪な武器だ。

「持ってるなら話は早い! お前らにゃあ何の恨みもないが、依頼なんでな。面倒だから黙って死んでくれ」

 ユリアが吠えた。

「断る!」

 男はモルゲンステルンで肩を叩きながら笑った。

「今なら一撃で楽に殺してやるぜ? 昨日はあんまり楽しめなかったからな、抵抗するなら今度こそ手足をもいでから殺してやる」

 ユリアの顔が歪む。

「おい、昨日ってどういうことだよ」

 男は高笑いした。

「俺の仕事の報酬は『揉み消し』だ! 男は殺す、女は犯して殺す。これが楽しくて楽しくてなあ! あんまりやりすぎると面倒だが、仕事中なら依頼主が揉み消してくれるから気が楽なんだわ。知ってるか? 泣きながら死にたくない、死にたくないって言ってる奴の顔を叩き潰す時の興奮!」

 手に持ったモルゲンステルンを撫で上げる。

「ぐしゃ、じゃねえんだ。ぶちゅ、なんだよ。やったことねえだろ? あの手触りはクセになるぜ、もうやめられねえ。昨日は一軒の家に入って四人殺した。騒ぎを聞きつけてやってきた警備兵は五人殺した。最後に殺したやつはよかったなあ……あの絶望の表情と言ったらもう!」

 ニヤニヤ笑いが消え、恍惚とした表情が現れた。吐き気を催しそうなほど醜い顔だ。

「今日は二人しか殺してなくて、欲求不満なんだ。というわけで、お前は嬲って殺すことにしたから精々いい声で泣いてくれよ」

 もとのニヤニヤ笑いに戻った顔で、ユリアを舐めるように見る。

 無表情で男の話を聞いていたユリアは、ゆっくりと剣を抜いた。そして、今までに一度も聞いたことのないほど憤怒や軽蔑の塗り込められた声で呟く。

「この下衆野郎が」

 男は笑みを深める。

「俺は下衆野郎じゃねえ、ゲヌスだ。冥土の土産に覚えときな」

 ユリアが剣を構え、腰を落とした。

「恥を知れ」

 呟きを後方に置き去りにして、ユリアはゲヌスに肉迫する。弧を描いて剣がゲヌスの首元に迫り、甲高い金属音と共に遮られた。

「おいおい、手応えがないぜ。それで力込めてんのか?」

 モルゲンステルンでユリアの初撃をあっさり受け止めたゲヌスは嘲弄の表情を浮かべた。その顔が突如、苦悶に歪む。股間を押さえて崩れ落ちるゲヌス。ユリアはわかりやすい太刀筋で剣に意識を引きつけて、無防備な股間に蹴りを放ったのだ。

 今度はユリアが嘲弄の表情を浮かべた。

「おいおい、手応えなかったぜ。ちゃんとぶら下がってんのか? それとも小さすぎるだけか?」

「……てめえ!」

 顔からニヤニヤ笑いをかき消し、ゲヌスが下からユリアを睨みつける。モルゲンステルンを握る手を思い切り踏みつけ、ユリアはゲヌスを嘲った。

「口ほどにもないな。弱いやつを嬲り殺すことしかできねえのか?」

 ゲヌスは憤怒に身を震わせ、踏みつけられている手を跳ね上げて立ち上がった。

 ユリアの体重がかかっていたはずの腕をあっさり跳ね上げるということは、あのファルサと同じかそれ以上の膂力を誇ると見ていいだろう。見れば、締まりのない顔とは対照的に身体は引き締まっている。

 ゲヌスはモルゲンステルンを握り直して、雄叫びと共に振り下ろす。ユリアはすっと後ろに下がって躱し、余裕たっぷりの表情で手招きした。

 怒りに燃える目でユリアを睨みつけながら、ゲヌスは追撃のため一歩踏み出す。踏み出した足が地面に着く直前、ユリアが勢い良くしゃがみ込んで足を払った。大きく体勢を崩してよろめくゲヌスの顔をユリアが思い切り殴りつけ、骨と骨がぶつかる鈍い音が響き渡る。

 ……強い。

 五日間の修行でここまで強くなるものなのか。

 ユリアは再度ゲヌスを蹴り飛ばして、その勢いを利用して大きく飛び退り、距離を取る。鼻血をボタボタ垂らしながらゲヌスは顔を上げた。その顔には……再びニヤニヤ笑いが戻っている。

「強えなあ」

 ゲヌスは鼻血を拭ってモルゲンステルンを構えた。先程とは明らかに違う空気を身に纏っている。

「そうと知ってりゃ最初から本気出してたのによ、ああ痛え」

 ユリアもそれを察してか、黙って剣を構えなおした。

「受けた痛みは倍返しだ。てめえ、もう楽に死ねると思うなよ」

「こっちのセリフだ。自分がやってきたことを後悔させてやる」

 ユリアとゲヌスから威圧感のようなものが吹き出した。冷静になったゲヌスとユリア、どちらが強いのか……ここからが本当の勝負だ。

 私はオルニットから飛び降り、地面に呪印を描き始めた。万が一のためだ。

 獲物を前にした肉食獣のような目でユリアを睨みつけ、ゲヌスは一歩踏み込んでモルゲンステルンを水平に振り抜く。

 それは私の目では捕らえられなかった。鉄の棘球が残像となってユリアに食らいつく。先程よりさらに大きな金属音と共に、ユリアの身体がぐらりとよろけた。どうにか剣で受け止めたユリアの頭部に再び棘球が迫り、ユリアは大きくのけぞって回避すると共にゲヌスの腹に蹴りを叩き込む。

「効かねえなあ」

 しかし鋼のような腹筋に阻まれ、蹴ったユリアのほうが体勢を崩す。モルゲンステルンが唸りを上げて振り下ろされ、なんとか剣の腹で受け止めたユリアの両足が地面を抉った。右から、左から、即死に繋がる一撃が次々と迫りくる。ユリアはそれをただ受け止めるのではなく、剣に角度を付けて滑らせるように受け流していた。ギャリギャリという擦過音が響き、ゲヌスがやりにくそうに顔をしかめる。

 私は驚嘆した。

 まるでゲヌスの動きが全て予測できているかのように、全ての攻撃を受け切っている。

 ゲヌスの首を狙った鋭い一撃が躱され、ユリアが剣を引き戻して斜めに構える。真横に振り抜かれるモルゲンステルンがまた擦過音を立てて剣の腹を滑っていき、やや体勢を崩したゲヌスが舌打ちした。ユリアの剣が振り抜かれ、ゲヌスの皮膚を薄く削り取っていく。

「なんかやりにくいなあ、てめえのそれはちゃんとした剣術か?」

「お前が死んだ後に教えてやるよ」

 ユリアが飛びかかる。灰色の軌跡となって剣と鉄の棒が乱れ飛び、連続して響き渡る耳障りな音はユリアとゲヌスが高速で打ち合っていることを告げていた。

 ユリアが振り下ろした剣が棘を一本叩き折る。それをものともせずに振り抜かれるモルゲンステルンをユリアは一歩下がって躱し、振り切ったゲヌスに一瞬の隙が生じた。その隙を突いてゲヌスの後ろに回りこんだユリアの剣が唸り、ゲヌスの背中に傷を付ける……が浅い。斬られつつも放ったゲヌスの後ろ蹴りがユリアの右手を直撃した。

 ユリアが顔を歪める。

「くそっ」

 剣がユリアの手を離れて転がっていく。

 ゲヌスは口角を吊り上げ、転がった剣とユリアの間に回りこんだ。

「困ったなあ、剣がなくなったぜ? え? どうするよ」

 嫌らしく尋ねるゲヌスに対して、ユリアは余裕たっぷりにこう言った。

「いいから来い、お前ぐらいなら素手で充分だ」

 ゲヌスの顔から表情が消える。

「いいだろう。まずは両手、それから両足だ。ダルマになっても同じことが言えるかどうか見てやるよ」

 憎々しげにそう言いながらゲヌスはモルゲンステルンを振り被り、全力で振り下ろした。横っ跳びに逃れたユリアを跳ね飛んだ土くれが打つ。横転しながら追撃を避けるユリアを嘲笑いつつ、ゲヌスは容赦なくモルゲンステルンを叩きつける。

「逃げるだけか!?」

 ゲヌスが真横に振り抜くモルゲンステルンをしゃがんで躱し、ユリアは一歩踏み込む。体重の乗った正拳突きがゲヌスの腹に突き刺さり、さすがのゲヌスも低く呻いた。

「誰が逃げるだけだって?」

 ユリアは執拗に振り回される凶悪な武器から身を捌き、躱していく。鈍器を振り回すゲヌスに対して圧倒的に身軽なユリアは、軽々と躱しつつ突きや蹴りを放つ。しかし、どれもゲヌスに当たりはするものの、ゲヌスの腕を止めるには至らなかった。

 振り回される棘球はその狙いの鋭さを増していく。懐に飛び込もうとしたユリアの動きが見切られ、ゲヌスが一歩下がる。余裕を持って放たれた一撃をとうとう躱しきれず、ユリアの頬を棘が掠めて血が飛び散った。

「ほらほら反撃してみろや」

 ゲヌスがモルゲンステルンをまっすぐ突き出し、予想外の攻撃にユリアは反応できなかった。

「ぐあっ」

 なんとか身体を捻ったものの、棘が脇腹に突き刺さる。棘が引き抜かれ、ユリアの腹から血が吹き出した。

「ああ、痛そうだなあ。でもまだこんなもんじゃないぜ」

 ゲヌスは執拗にユリアを追い詰めていく。上から、横から。地面を抉りつつ下から迫りくるモルゲンステルンの鉄棒部分を押さえ込んで防ぐも、勢いに負けてユリアの身体が一瞬宙に浮いた。

「おらっ」

 今度は恐るべき速度で真横から棘球が打ち込まれた。ユリアは空中で身体を捻り、鉄棒部分を蹴りつけて棘球から逃れる。地面に転がったユリア目掛けて、棘球が何度も打ち下ろされた。ユリアが体を捻り、必死で避けるたびに地面が抉れていく。

「このっ……ちょこまかと動きやがって! さっさとくたばれ!」

 不利な体勢で避けきれないユリアの全身に、棘による傷が刻まれていく。

 しかし、ユリアの闘志は微塵も衰えていなかった。

 ゲヌスが大きく足を動かした瞬間、ユリアはバネ仕掛けのように跳ね起きてゲヌスの懐に飛び込んだ。懐に入られると、長い武器は使えない。隙ができたゲヌスの襟を掴み、身体ごと巻き込むように腰を使って投げ飛ばす。

「うぐっ」

 ほぼ水平に弧を描いて飛び、背中から地面に叩きつけられたゲヌスの喉が苦鳴を漏らす。モルゲンステルンが手を離れ、転がった。

 ユリアは素早く剣を拾い上げ、起き上がろうとするゲヌスの脳天に振り下ろした。

「!」

 真剣白刃取り。ゲヌスは両手で剣の腹を挟み込み、ぎりぎりで剣を止めた。ゲヌスを両断しようと力を込めるユリア、それを防ごうと剣を押し上げるゲヌス。力で劣るユリアが体勢の利を得たおかげで、二人の力はほとんど拮抗している。

「往生際の悪い奴だな」

 ユリアがギリギリと力を込めながら呟いた。

「当たり前だ。殺すのは好きだが殺されるのは御免だ」

 ゲヌスはニヤリと笑う。剣が少しずつ押し返されていく。

 ユリアは更に腕に力を込め、ゲヌスを睨みつけた。

「殺される覚悟のできてない奴が人を殺すのか。笑えないな、ちっとも笑えない」

 ユリアの声色に、一瞬だけゲヌスのニヤニヤ笑いが消えた。しかしそれはすぐに元通りになる。

「……だったらどうだってんだ。殺される奴が悪いのさ、殺されたくなかったら強くなればいいだろう。俺は自分より弱い奴を殺すのが大好きだし、それを悪いとも思わないぜ。悔しかったら俺に勝ってみな」

 ゲヌスが腕に力を込めつつ、せせら笑う。

 ユリアは突然剣を引き、ゲヌスから離れた。

「何のつもりだ?」

 ゲヌスが立ち上がり、不審げに尋ねる。ユリアはモルゲンステルンを拾い、ゲヌスに放った。

「気が変わった。お前のその鼻っ柱を叩き潰さなきゃ、俺の気が収まらん」

 驚きつつもモルゲンステルンを受け取ったゲヌスは、ユリアを嘲笑った。

「やれるもんならやってみな。残念だったな、せっかくてめえが有利だったのにこれでチャラだぜ。手足もがれたあとで後悔しても遅いからなあ」

「後悔?」

 ユリアが獰猛に嗤った。

「それはお前だ。覚悟しろ、この世に生まれてきたことを後悔させてやる」

久しぶりの本格戦闘シーンです。

お互いに一撃で死に繋がる武器を持ってると、どうも書きにくいですね…

クリーンヒットさせられないというか。

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